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それからの一週間、彼女からの連絡も返信もない日々が続いた。いないとわかっていても何かを期待しながらついつい彼女の家の様子を確認してしまう。こうして私は悶々とした毎日を過ごした。
そして十日が過ぎたころ、一通のメールが私の携帯電話に届いていた。
「渡したいものがあります」
きっとお土産でも買ってきてくれたんだろう、私は期待に胸を膨らませつつ彼女の家を目指してペダルを漕いだ。
そして黒いメラミン合板のドアの前に立つ。
しかしその日はいつもと様子が違っていた。何が違うのかはハッキリとわからなかったがその静けさは人の気配を全く感じさせない静けさだった。
ドアノブに手をかけようとしたとき、見慣れたそこに見慣れぬコンビニ袋が下がっていた。
私はそれを手に取る。
白い袋の中には茶色い紙袋があった。瞬間、私の顔から血の気が引いていくのがわかった。イヤな予感がする。続いてうるさいほどの鼓動が耳の奥で踊りまくる。私は震える手で紙袋を少し開いて中身を確認した。
果たしてそこにはター子がいつも着ていた競泳水着が小さく折りたたまれていた、二つ折りのメモ書きと共に。
小さな紙片にはこう書かれていた。
ちゃんと話ができなくてごめんなさい
いらなかったら捨ててください
私はすぐにメールとメッセージを送った。しかし虚しくもエラーが返ってくるだけだった。
私は袋をバッグの中に押し込むと急いでその場を後にした。そして袋はそのまま机の引き出しの奥底に隠すようにしてしまい込んだのだった。
新学期が始まった。
初日のホームルームでは担任の口からター子が家庭の事情で退学したことが伝えられた。教室内に一瞬のざわめき、しかしそれはすぐに静まり、その日のうちに彼女のことはみんなの記憶から消えてしまったかのようだった。まるでそこにはター子などと言う娘は居なかったかのように。
私の中でター子との日々が想い出になろうとしていた九月のある日、私は久しぶりに彼女の家を目指していた。鉄道線路に沿うように走る細い道の先、毎日のように見ていたあのバラック長屋は既になく、そこはすっかり更地となっていた。
残土のような乾いた土を前にして私は自分の手を見る。そのときほんの一瞬だったが確かに彼女の柔らかな温もりが薄手の化学繊維の触感とともによぎった。彼女の面影は薄れかけても触感だけはしっかりと手の中に残っていたのだった。
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