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その日、我が家の食卓には皿のひとつもなく、代わってそこにあったのはシワくちゃになった小さな茶色い紙袋だった。
妻はこちらと目を合わせることもなく静かに口を開いた。
「ねぇ、説明してくれないかな、これ」
その瞬間、私は自分の顔が見る見る紅潮していくのを感じた。続いて高鳴る動悸と微かな耳鳴りが私を包み込んでその五感を痺れさせていく。
妻の姿がやけに遠くに感じた。その口から発せられる声にも意味を見出せず、まるで波長が合わないラジオのようなコチャコチャとした音にしか認識できなかった。
その中身を私は知っている。思い出のガラクタとともに押入れの奥深くにしまい込んでいたそれをなぜ妻が見つけたのか。いや、そんなことはどうでもいい、とにかく今はこの難局をどうにかしなくては。
「そ、それは……」
「これってかなり古いものよね、見ればわかるわ。こんな型の水着なんて今はないもの、それも女性用の競泳水着なんて」
私はこの場を取り繕うべく最適解を探した。熱でのぼせた頭はかえって血行がよくなったのか無駄にグルグルと回転した。
そしてたどり着いた結論は、すべてをすっかり話してしまうことだった。私自身が心の底に押し込んだままにしていたあの出来事のことを。
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