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澄越研都はずっと耐えていた。あの事件が起きるまで。
あれから時の流れは遅くなった。
重い鉛のような空気が滞り、心から笑うことはなくなった。環境は変わったが、依然として暗く、乏しい世界が広がっている。目に映るものは灰色だ。窓の外は無機質だ。何も成長せず年だけ重ねた。知らぬ間に大学生になってしまった。一日一日生きている実感がなく、行動全てが浮ついているような気がする。自分はここにいるべきでないとずっと思う。
座席の温もりで目を覚ました。乗っていた京浜東北線はちょうどさいたま新都心を通過した。寝過ごしたにも程がある。実家は川崎で、戻るのに1時間近く掛かるだろう。しかしもう疲れた。何か考えることが億劫だった。そう思った彼は大宮で降りた。そのまま改札を抜けて雑踏に加わる。片耳だけのワイヤレスイヤホンにくたびれたコート、重たい瞼。まだ足取りがフラついている。
どうしようもないもどかしさを吐き出す一歩手前で飲み込む。込み上げてくる感情が時間と共に和らぐ。すると後ろから声が聞こえた。
「おい、澄越。振り向け」
振り向かざるを得ないため、振り向くと後ろにはスカジャンの男がいた。黒いマスクをしており、首には花柄のタトゥーが入っている。見覚えが皆目なく、関わってはいけない雰囲気を醸し出している人だ。
「いいか?これから俺についてこい。ケジメつけようぜ」
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