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依頼人
「多分、今俺は誰か思い出してんだろ?」
澄越は黒いセダンの後部座席に乗せられた。ダッシュボードからは陽気なヒップホップが流れ、変に緊張を煽る。男は澄越の返事を待たずこう言った。
「俺は松村拓哉。今年24で誕生日が2月24日。NPの運営と、探偵みたいなことをして小銭を稼いでる。探偵と言っても刑事事件は扱わないし、扱っても民事だ」
「何の用ですか?」
澄越はやっと重い口を開いた。
「お前に会わせたい人がいる」
「もしかして"あの事件"の?」
「急にアノとか言われてもわかんねーよ。心覚えあるだろ」
「はい」
「でも裁かれるわけじゃない。"あの事件"を今でも覚えてる人はいないだろ」
「もう7年は経ってます」
「これから会うのはお前の共犯者だ」
高速道路を東京方面に進む。トラックの大群を松村は飛ばしスイスイ走らせる。
「あと、俺を恐れるな。俺はナメられるのが嫌なだけで、仲良くはなりたい。このタトゥーなんて1000円ガチャで当たったシールのやつだぞ」
松村は力を入れて、シールを剥がした。首元がミミズ腫れのように赤くなる。
「結構お得じゃないですか?」
「まぁな。俺にしてはやったと思ったよ。ガチャガチャとか好きか?」
「あまりやらないですけど」
「まじか。俺結構好きなんだよな。おすすめのとこあったら教えてくれよ」
強面に見せ掛けて、グイグイくるという計算されたアプローチに澄越は安堵した。
「どこまで行くんですか?」
「新宿だ」
「まだ関東にいたんだ……」
澄越はこれから会う人を頭に浮かばせる。
「意外と近いだろ。今は吉祥寺に住んでるらしいがな」
「うわ金持ちだ」
「感情ないのかよ。さっきから棒読みだぞ」
松村はゲラゲラと笑い片手でハンドルを回す。カーブを華麗に回り、いくつものライトを追い越す。
「まぁ気持ちはわかるよ。でももっと喜怒哀楽しろよ。会話を盛り上げることも大事や」
「すみません」
「そいえば、お前下の名前なんて言うの?」
「研都です。研究の研に、東京都の都」
「研究都市じゃん。賢そうな名前だね」
「親がつくば出身で、研究都市からつけられたんですよ」
「おもしろっ。俺の読みが当たったね」
軽快に走る車は気分がいい。速度制限のことはよく分からないが、久しぶりに気持ちいいと思えた。
「松村さんはどこで働いてますか?自分就活なんですよ」
「急に真面目なこと聞くなあ。就活はしたけど、三ヶ月で辞めて、これだからな」
「探偵ってどのくらい稼げます?」
「依頼者がいくら出すかによるよな。もちろん確定申告はしてるが、チップとかもあるから。ほんと最近はスマホで仕事が出来る。裏アカ探して欲しいとか、家族と連絡とって欲しいとか。全部ネットでやってる」
「なんかスキルとかいるんじゃないですか?」
「最初はな。俺も修行中だよ。その人の連絡先を見つけたら直で連絡するんだけど、そこで連絡が取れないと今日みたいに待ち伏せするんだ。でも正直気持ち悪いし怖かったよな?」
「まぁそうですよね」
「その工夫がな。今無縁社会って呼ばれてるからムズいのよ」
高速道路を抜け駆けし、道なりに車を進めると見慣れたアーケードが見えてきた。時刻はちょうど日付を跨ぐ。
「新宿駅って広いよな。よく依頼で待ち合わせするんだけど、まだ慣れねぇよ」
「松村さんはどこに住んでるんですか?」
「自由が丘。大学が品川だったから、そこまで毎日原付で行ってた」
「もしかして一致学院ですか?」
「そうそう、お前も?」
「そうです!今3年です」
「奇遇だな。ってことは後輩か。照れるな」
国道1号線沿いに所在する一致学院大学は歴史あるキリスト系の大学だ。メルヘンチックな校舎が人気を集めている。
「そっか大学一緒なんだ。ほぼ弟子みたいなもんだろ」
「ふふっ。いや……」
南口に車は停まる。終電を逃すまいと必死に信号を渡る会社員や路上ライブが見て取れた。
松村は腕時計をちらっと見た。
「もうすぐ来るな。これさ、バスタ新宿ってあるだろ。今まで俺パスタ新宿って読んでたわ」
「バスターミナルだからバスタなんですよねー」
「だよな、パスタってなんやねん」
松村が澄越に席を詰めるように言い、扉が開いた。
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