ひとりかくれんぼ

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高校生の僕は、特に部活動に所属することもなく、アルバイトをすることもなく、学校から帰ってきては夕飯まで自分の部屋に閉じ籠もり、夕飯を済ませて風呂に入ったらまた自分の部屋に閉じ籠もる生活を続けていた。 そんな僕を両親は快くは思っていないことは理解出来ているが、まだ学校にはちゃんと行っていることを及第点と評価してくれているのか、直接的に何か言われたことは無かった。 そんな準引き籠もり族の僕にも唯一の趣味があった。それは動画投稿サイト『Yo!tube』でホラー系の動画を観ることだ。ホラー系にも色々あるが、最近はライブ配信の動画にハマっている。 そんなわけで、後は寝るだけという状況になった今現在の僕は、早速サイトを検索してみた。 時刻は20時半を過ぎたばかりで、まだまだ浅い夜のため、ホラースポットからのライブ配信などは数が少なかった。僕は検索画面をスライドさせながらサムネイルを流し見していた。 「…お、これいいかも。」 僕の目に止まったのは事故物件で『ひとりかくれんぼ』をするというYo!Tuberの『ゼロ』のライブ配信だった。 「ゼロ…(れい)…霊…とか?安直だな。でも、ひとりかくれんぼなんてまだやってるんだな。」 僕はゼロのサムネイル画像をタップして動画を開いた。 “…というわけで、この殺人事件現場といわれている事故物件で、今からひとりかくれんぼを始めていきたいと思います!3、2、1、ゼロ〜!” …最後のは決め台詞なのか?だせっ。 ゼロは20代前半くらいのシュッとした男性だった。 「登録者数は200人って、まだ始めたばかりなのかな。」 過去の動画を見てみると、まだ5件ほどしか投稿していなく、駆け出しのホラー系Yo!tuberだと言うことが分かった。 しかし、ゼロは過去にもひとりかくれんぼをやったことがあるのか、淡々と説明をすると手際よく準備をし始めた。 ひとりかくれんぼ、それは降霊術の一種で生半可な気持ちでやると大変危険だと言われているものだ。手順としては、一般的なものとしては以下の通りだ。 1、手足付きのぬいぐるみから中の綿を取り出し米と自分の爪を代わりに詰め込み、赤い糸で縫い合わせる。ぬいぐるみに名前を付ける。 2、コップ一杯の塩水を用意しておく。 3、風呂桶に水を張る。 4、部屋中を真っ暗にする。 5、「最初の鬼は私だから。」と言ってぬいぐるみを風呂桶に浮かべる。 6、10秒数えてからぬいぐるみを見つけるふりをして、風呂桶に浮かべていたぬいぐるみに「見つけた。」と言って包丁を突き刺す。そして、「次は◯◯の番。」と言う。 7、ぬいぐるみはそのままにして、コップを持って絶対に見つからない場所に隠れる 8、止める時は「私の勝ち。」と言ってコップの水を飲み干して終了。 オカルトフリークの僕は、当然他の人の動画で何度も観ているが、ネットに掲載されているような怪奇現象が起きてる動画はまだ観たことがなかった。今まで観た配信動画では、画像のブレや、誰かが歩き回るような音といったものが多く、観ている方としてはそこまで恐怖を感じることが出来なかった。 どうせ今回も同じだろうと思いながら僕はベッドにタブレットを立て掛けてうつ伏せに寝転がりながらボーッと動画を観ていた。 “…では、この女の子の人形カオルコちゃんを風呂桶に入れていきます。えーい!” ゼロは人形を風呂桶に投げ入れた。すると、ゼロはポケットからカッターナイフを取り出し「見つけたぁ!」と言って人形を滅多刺しにし始めた。 「おいおい、こいつやべぇ奴だな。」 急に豹変したゼロに僕はビクッとなったが、何かが起きる予感がして少し画面に近付いた。 “次はカオルコちゃんが鬼だから。” ゼロはそう言うとカメラを持って一度リビングに戻り、塩水の入ったコップを持って隣の部屋に移動した。 最初にこの物件について語っている場面があったのだが、流し聞きをしていてハッキリとは覚えてなかった。聞こえてきたワードを整理すると2階建ての一軒家で家族間で殺人が起きた現場らしい。被害者は若い女の子と言われてるらしいが、ネットで調べてもその事件の記事は特に出てこなかったと言っていた。 ホラースポットや事故物件ってのは有名なもの以外は噂止まりのものが多く、どこまで本当なのかは誰もわからない。それでも雰囲気が味わえれば僕は満足だった。だから、仮にゼロの話が真実では無かったとしても、この物件のバックボーン設定としては完璧だと僕は思った。 “ここにしましょう。” ゼロは建て付けの悪くなっている押入れの襖をガタガタと開けた。押入れの中は二段に分かれており、いくつかの段ボールがあるだけで大人1人が入ることは容易だった。ゼロはコップの水を零さないように上の段に上がると、またガタガタと襖を閉じた。 “はぁ…はぁ…なんかカビ臭さはありますけど、隠れ場所としては申し分ないですね。ここで1時間程度隠れてみたいと思います。” ゼロはカメラを恐らく段ボールの上に置いて自分に向けて固定をした。 “そうだ、さっきの人形カオルコちゃんの話なんですけどね…” そうだ、唐突に現れた女の子の人形気になっていたんだ。見た目は可愛いらしい人形だけど結構汚れた感じがして動画で使用するならもっと綺麗なものを使えばいいのにって思っていた。 “実は、この家の中で見つけたものなんですよ。” …マジか。こいつやっぱりヤバい奴だ。女の子が殺された噂のある事故物件の中で見つけた人形の腹を掻っ捌いて綿を抜いた上に、カッターナイフで滅多刺しって。しかも、その人形、殺された女の子のものって可能性も高いじゃんか。 「…やば、面白っ。」 僕は思わず声に出していて画面を食い入る様に観ていた。 “俺はね、こういうオカルト系の動画やってますけど、信じてないからこそやってるんでね。こんなん、幽霊とか呪いとか信じてる人は出来ないですよ。” …確かにそうかもな。 “じゃあちょっとね、しばらくの間カメラを暗視モードにして明かりは消します。それで静かにしてみましょう。” ゼロはそう言うと、カメラのライトを消してモードを切り替えた。 何も話さないゼロが映る画が数分続いた。 「…やっぱりこういうのは長期戦になるの…」 “待って!” 突如、ゼロが驚いた表情で囁くように言った。僕は再び画面に顔を近付けた。 “…音、聞こえる。” …音?僕は机の引き出しから急いでイヤホンを取り出し、タブレットのイヤホンジャックに挿した。 ホラー系動画ではイヤホンをしないと聞き取れないような音が紛れ込んでいることは多々あるため、慣れていた僕の行動は素早かった。 “…ほら、何だろこの音。” 僕はイヤホンを通して耳を澄ませてみた。 “ズリッ…ズリッ…。” 「何か…引き摺ってる?」 “…ピチャ…ピチャ…。” 引き摺るような音に加えて水が滴るような音も紛れ込んでいるように聞こえた。ライブ配信の視聴者たちが一斉にコメントの書き込みをしていた。 『ゼロ、近くまで来てるぞ。』 『ゼロさん、絶対カオルコちゃんですよ!』 『え?やばくない?マジで水が滴り落ちるような音が聞こえる。』 …風呂桶から這い出てきた人形がゼロを探し回っている。 僕もそう思いざるを得なかった。 “…音…近付いてるな。しばらく黙ります。” ゼロがカメラに囁くように言った。僕もイヤホンに耳を傾けながらゴクンと唾を飲み込んだ。変な緊張感が僕を支配していた。 “ズリッ…ピチャ…ズリッ…” 明らかにさっきよりも音が近くに聞こえてきた。画面の中のゼロは小刻みに震えていた。 “…イタイ…。” 突如聞こえた女の子の声に僕は寒気を感じた。 “トン。や、やばっ。” ゼロはその声に驚いて身体をビクつかせた瞬間、コップを倒してしまい水が全て溢れてしまったようだ。思わず声を出してしまったゼロは慌てて手で口を塞ぎ、息を殺した。 『ゼロ、塩水無いと終われないじゃん。』 『絶対絶命』 『これ、マジな配信?普通にヤバくない?』 また一斉に滝のように書き込みがされた。 「…音がしなくなった?」 何かを引き摺るような音が一切しなくなった。画面の中のゼロはゆっくりと音を立てないようにカメラに手を伸ばした。 “はぁ…はぁ…。” 動いていないはずなのに、極度の緊張からか、ゼロは冷や汗をかきながら呼吸を荒くしていた。 “…いる。この襖1枚挟んだ反対側に何かいる。” ゼロはそう囁いて襖に手を伸ばした。 「え?開けるの?」 僕は画面に釘付けになった。すると、気になるコメントが目に入った。 『この家ってもしかしてこの家ですか?』 そのコメントにはURLが貼られていた。僕は急いで机の上に置いていたスマホに手を伸ばし、スマホでもゼロの動画を開くとそのコメントのURLをタップした。 “…駄目だ、襖が開かない。” ゼロの囁きを聞きながら開かれたサイトに目を通した。 「…◯◯市の民家で父親が再婚相手の連れ子の姉妹を殺害か。…10年以上前にこんな事件あったんだ、知らなかったな。ん?妹とみられる遺体は見つかっているが姉の遺体は見つかっていないってどういうことだ?」 不可解なネット記事に僕は首を傾げながら続きに目を通した。 「…両親は警察からの事情聴取の後に別々に自殺!?わ間違いなく姉妹を2人とも殺したという父親の供述があり、実際、姉は行方不明となっている。…迷宮入りの事件か。…もしこんな凄惨な事件の現場がこの家なら、何が起きてもおかしくないかもな。」 僕はスマホをベッドに置いて再びタブレットに目を向けた。 “おかしいな、何で開かなくなったんだ。” ゼロは少し慌てているように見えた。 “イタイ…” “うわっ!” 「うわっ!」 再びハッキリと聞こえた女の子の声にゼロと僕は同時に声を上げた。 “ガタガタガタガタガタ…” 襖が小刻みに震えだした。ゼロは驚いて襖から離れ、後ろの壁に頭をぶつけて止まった。 “や、ヤバい…だ、誰か助けてくれ。” ゼロは完全にパニックになっていた。 “し、塩水…。” ゼロは慌ててさっき溢した塩水が染み込んだ押入れの床を舐めた。 “わ、私の勝ち…私の勝ち…私の勝ち…はぁはぁはぁ…。” ゼロが呼吸を荒くしながら言い放った瞬間、襖のガタガタは鳴り止んだ。 僕はもう画面に釘付けで、心臓もバクバクだった。 “…か、勝ったのか?” 僕はゼロを見ながらも不可解なことに気が付いた。さっきまで滝のように書き込みされていたはずのコメントが全く増えることがなく、視聴者数を見ると3人と表示されていた。 「…さっきまで何百人って観てたはずじゃ。それに今が1番の盛り上がりのところなのに…。」 その瞬間、視聴者数が2人になった。 画面のゼロは落ち着きを取り戻し、再び襖に手を掛けて開けようとした。 …何かがおかしい。 僕は直感的にそう思った。 “あれ、さっきまでの固さが嘘みたいに軽くなったな、この襖。” 「開けちゃ駄目…駄目だ!」 画面に向かって叫んでも当然ゼロには届かない。 “開いた…ん?う、うわああああああ!” グチュッ! 「え?」 ゼロが襖を開けた瞬間、ゼロの叫びとともに画面が真っ暗になった。 「何が起きたんだ?」 “見ぃつけた。” 真っ暗な画面の中でさっきの女の子の声が聞こえた。 そして、僕は気が付いた。この画面は機械の故障で暗くなったわけではない。よく見ると、何かがべったりと貼り付いており、画面を滴り落ちていた。 「…血?」 ゼロの声は全く聞こえない。この貼り付いているのがゼロの血液だとしたら、少なくとも重傷だろう。僕は全身で寒気を感じた。 “ヒャハハハハ。” …画面の中で笑ってる。姿は見えないけど確実にいる。 “あとはお姉ちゃんね。” …お姉ちゃん。やっぱりあの記事のとおりなのか。 “私を盾にして逃げたお姉ちゃん、どこよ。” 僕はもう画面を直視出来なかった。 “ここにいるんでしょ?” “ドタドタドタドタッ!!” 突如、何かがゼロのカメラに近付いてきた。僕は思わずイヤホンを外した。画面の視聴者を見ると1人となっていた。 「ぼ、僕だけが見てるのか…。」 “…いた。” 「…え?」 僕は怖いはずなのに、その意志に反して身体が勝手にタブレットに近付き、顔はタブレットの真ん前に固定された感覚だった。 僕は恐怖で涙を流しながら身体を震わせていた。 ゆっくりと画面を覆っていた血がサーッと引いていった。 「あわわわわ…、や、やめて…。」 “ひゃはっ、見ぃつけた。” 血塗れの女の子の顔がアップで映し出された瞬間、僕は視界が真っ暗になり意識を失った。 “…後はお姉ちゃん…見つけなきゃ。” 悲しき霊は再びかくれんぼを続けた。 - fin -
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