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「来年こそはお花見に行こう」。
遠距離恋愛の私達は、付き合って何度そのような言葉をかけ合ったのだろう?
満開を狙ったら時期を逃し、少し早めを狙ったら雨で約束は流れ、天気が良くても休日出勤で結局約束は流れ、全ての条件が揃っても つまらないケンカ中に桜は散っていった。
こうして迎えた五年目の春、その約束はやっと果たされる事となった。
「直樹」
トートバッグ片手に駅の改札口前で声をかけると、こちらを見て明らかに表情を変える彼。
「え? 確か待ち合わせは公園だよな?」
「あ、そうなんだけど。こっちに来てくれるのは初めてだし、場所分かるかなって……」
その逸らされた目に、私は口を噤んでしまう。
駅から徒歩で五分。
私の地元にある自然公園は、この時期桜を開花させ、名所となっている。
その為に彼はわざわざ来てくれたけど、その足取りはどこか遅く、私の後ろを のそのそと付いてくるだけ。
こんなに歩くの遅かったっけ?
こんな顰めっ面だっけ?
そんな彼の姿に、私の中で別の花が開きそうだった。
辿り着いたのは私の一番好きな場所である、桜の木が多数植えてある芝生。
その花びらは散り始め、今日が見納めだろう。
そこに小さなレジャーシートを引いて座るけど、距離を広げてくる彼の姿を私は見逃さなかった。
周囲を見渡すと、家族連れ、年配夫婦、初々しいカップル、仲の良い友人同士、大学のサークルっぽい集まりが多数。
皆、咲き誇る桜のように明るく、煌めき、溢れんばかりの笑顔を浮かべていた。
そんな中、初めて彼に作ったお弁当を広げる。
おにぎり、卵焼き、唐揚げ、ほうれん草のおひたし。
料理は苦手なんだけど、今日の為に何度も練習して作ったんだよ?
だけど、それを黙々と食べる私達。
そこには、「おいしいね」とか、「頑張って作ったの」とかの言葉の一つもなく、鳥の鳴き声と周囲の笑い声だけが響いていた。
桜の花びらが、ひらりひらりと舞う中。
お弁当箱は空となり、それに蓋をしてトートバッグに仕舞う。
沈黙になるのが怖かった私は、気付けば口を開いていた。
「お弁当、どうだった? 初めてだから、いまいちだったよね。次は何食べたい?」
「美香」
私の問いには答えてくれず、彼は私の名前を呼んできた。
やめてよ。
「今日はおにぎりだったから、次はサンドウィッチ? それとも……」
だから私も返事をせず、ひたすらに話を続ける。
「美香」
すると彼は語気を強めて、その名前を口に出す。
最近、名前で呼んでくれなかったくせに。こうゆう時だけ。
「おかずは何にしようかな。私は……」
「ごめん。別れてくれないか?」
その瞬間、鳥の鳴き声も周りの声も聞こえなくなり、彼の声だけが耳に響く。
彼は、私の言葉を遮ってまでその言葉を告げてきた。
やっぱりね。分かっていたよ。
大学の卒業と同時に付き合い始めた私達は、お花見だけでなく、花火大会、クリスマス、お互いの誕生日を共に過ごせなかった。
徐々に減っていく連絡頻度、返信の遅さ、既読スルー。
次に会う約束を私からしないと、あなたからは会おうとしない、その姿勢。
私を見る目には力がなく、心だけでなく体まで距離を取ってくる、その態度。
私はあなたの気を引こうとし、やること、なすこと、裏目に出ていた。
それなのに突然、私の地元でお花見しようなんて言ってきて。
お弁当作ると言っても、断ってきて。
それでも私は作って。
そうゆうところが、だめだったんだよね?
直樹は、誠実な人だね。
電話一つで終わらせても良かったのに、無理してこっちに来てくれた。
「いつか、私の生まれ育った町に行く」と言ってくれていたもんね。
「来年こそはお花見に行こう」と何度も言い合っていたもんね。
だから、最後に約束を守ってくれたんだ。
大学四年の卒業間近。
都会でそのまま就職するあなたと、地元に戻り就職を決めていた私。
入学当初から彼が好きで、どうしても我慢出来なくて、最後だからと。
ごめんね。あの時、告白なんかしなければ良かった。
不安の種が芽生えた時、それを認められていたら。
あなたの五年を奪ってしまったのは私だった。
そう思い、伸ばしていた手を握りしめる。
ふっと見上げた先は、雲一つない青空に桜が散った後に芽吹く若葉。
花びらが散ってもそれは終わりではなく、また新たな始まりなのだと、伝えてくれる。
そっか。彼は、私が前に進めるようにと はっきり言ってくれたんだね。
だから。
「今までありがとう」
桜の花弁が舞う中、私は笑顔で別れを告げた。
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