力尽くではうまくいかないこともある。

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力尽くではうまくいかないこともある。

 田中君にもたれかかり、説明しろ、と絞り出す。あのですね、と静かに口を開いた。 「先週、橋本と綿貫と此処で花見をしていたのです。そうしたら、樹上からあの木元さんという方が話し掛けて来まして」  何をさらっと受け入れとるか。あと樹上にいるのが木元さんか。変にシャレがきいている、なんて茶化す気にもなれねぇよ。 「どう見ても首吊り自殺をしているのに、楽しそうですねって微笑みながら言われまして。俺達三人、酔いも手伝って楽しいですって応じちゃったんです」  バカじゃないの、と恭子が眉間を押さえる。咲ちゃんと佳奈ちゃんの後輩コンビは激しく頷いた。 「それで話し込む内に、木元さんが身の上を語ってくれまして」  ね、と田中君が見上げる。はい、と枝から首を吊った幽霊は穏やかな微笑みを浮かべた。怖ぇよ。 「実は私、嫉妬心から此処で首を吊ったのです。生きている間、人生において一瞬たりともモテたことはありませんでした。まあ五十を過ぎた頃には諦めもついていたのですが、あの日は魔が差したとしか言えません。休日出勤を終え、桜を眺めながら一杯飲んで帰ろうと訪れたのがこの公園。見渡す限りの人、人、人。若い男女が楽しく酔って騒いでそこかしこでちちくりあっている。嫌気が差しました。必死で働いている私が一人きりでいるのに髪色の派手な働いていなさそうな輩がきゃっきゃと騒ぎまくりやがって」  とんだ偏見だな。髪が虹色でもちゃんと働いている奴なんざ世の中にいくらでもいるぜ。 「かと思えば向こうでは中年親父が若い女性の太ももに手を置いている」  素人同士ならアウト。金を払ってそういうサービスを受けているのなら勝手にすればいい。 「カッとなって縄を買ってきて此処で首を吊りました。死体を見ながら花見をしてみろって」  勢いに任せてあの世へダイブとは思い切ったものだ。うちの三人娘は黙ったまま。多分、呆れているのだな。そんで、と私は口を開く。 「そんな大胆な方と君達三人が花見をするのは自由だが。どうして我々女子メンバーも今日集められたんだ?」  何となく察しはつくけどさ。五十年以上、モテないまま亡くなったとあれば。 「木元さん、そろそろ成仏したいんですって。死んではみたものの、別に花見客は減らなかった。むしろこの桜から離れられないせいでリア充どもをずっと見下ろす羽目になった。おまけに姿を現しても皆酔っ払っていて幻覚としか思ってくれない。そんな、半ば諦めを持ちつつ駄目元で俺達に話しかけてみたところ」 「君らはあっさり受け入れた」  ありがたいです、と木元さんが口を挟む。喉に縄がかかっているのに。 「やれやれ、これ以上聞くのも面倒だから当ててやる。どうせ女子と一緒に花見をしてみたいとか望んだんだろ。そんでいつものメンツである我々を呼び出した。事情を隠したままな」  すいませんでしたっ、と三馬鹿が揃って頭を下げる。 「でも非モテには非モテの大先輩を放っておけなかったのです!」  非モテねぇ。その割にいつメン女子の顔面偏差値は高いよな。私も含めて、なんてね。取り敢えず私は田中君の尻を蹴り、恭子は綿貫君の頭をぶん殴り、佳奈ちゃんは橋本君の頬をつねった。気付くと咲ちゃんが手の平を幽霊に向けている。 「吹き飛ばす気かい?」 「勿論」 「幽霊に効くの?」 「念動力とも言いますから、多分いけます」  え、と木元さんが目を丸くした。咲ちゃんは我らが自慢の超能力者だ。私等以外、人もいないし遠慮なくサイコキネシスをお見舞いしてやれ。 「うわああああ!?」  途端に木元さんの全身が上方斜め四十五度の角度ではためいた。強風の日のこいのぼりってあんな感じだよな。だけどマジで幽霊にも効果があるんだな、サイコキネシス。しかし。 「あれ?」  咲ちゃんが首を傾げる。木元さんはぶっ飛びそうでぶっ飛ばない。 「ストップ! ストップ!」  慌てて田中君が咲ちゃんを止める。おかしいな、と言いつつ手を下げた。こいのぼりから首吊り死体に戻った木元さんは、力無くぶら下がっていた。ううむ、マジの死体だな。 「地縛霊を力尽くで吹き飛ばそうとしちゃ駄目だよ! 言ったでしょ、桜から離れられないって!」 「枝に縄が引っ掛かったままだったな」  ぼそりと指摘する。そうですよ、と弱々しい声が樹上から響いた。 「私を成仏させるなら、一緒に花見をして下さい」  高いところからよく言えたもんだ。まあしょうがない。ほれ、と缶ビールを放り投げる。でも私は運動神経が悪い。明後日の方向へ飛んでいく。途中で咲ちゃんがサイコキネシスで軌道修正してくれた。サンキュ。 「それを飲んだらあの世へ逝ってくれよ。一本分は付き合うからさ」 「勿論です。皆さんと飲めるだけで満足ですので、私のことは気にせず花見を楽しんで下さい」  幽霊の下で宴会をするのか。無茶苦茶ね、と恭子が首を振りつつ紙コップを持つ。本当ですよ、と言いながら佳奈ちゃんがワインを恭子に注いだ。咲ちゃんと三馬鹿はそれぞれ缶の酒を持つ。私も缶を一本手に取った。では、と音頭を取るのが好きな綿貫君が咳払いをする。 「本日はお集まりいただきありがとうございます。皆様、木元さんの供養と、健やかなる成仏を願い、献杯しましょう。献杯」  初対面の幽霊に捧げる気持ちは特に無いな。
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