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献杯。
「彼女がいたのかぁぁぁ!!」
木元さんが突如ブルーシートの真ん中に出現した。騙したなぁぁ、と食いしばった歯の間から唸り声が漏れる。はてさて、成仏しかけたおかげか、それとも恨みの強さ故か、桜の枝からは離れられたらしい。しかし随分怒っているなぁ。
「お前ら全員、リア充の側だったのかぁぁぁ!!」
その言葉に、全員の視線が私に集まる。のんびりと酒を煽って受け止めた。木元さんも私を見る。
「……お前は?」
「フリー」
「連れて逝かせて貰うぞぉぉぉぉ!!」
木元さんが私にかぶりつかんばかりの勢いで迫る。咲ちゃんが咄嗟に手を構えた。しかし私は左手でやんわりと彼女を制した。缶を置き、右手の人差し指を眼前のおっさん幽霊に突き付ける。いや、怨霊になりかけているのかな? まあどうでもいいが。
「そういうところがさ。あんたがモテない原因だよ」
遠慮なく指摘をする。途端に勢いを失った。私に掴みかかろうとする姿勢から、ゆっくりと背中を向け項垂れる。徐々に薄くなり、やがて消えた。やれやれ。
「葵さん、危ないところだったじゃないですか!」
咲ちゃんに腕を掴まれた。
「いざとなったら君が何とかしてくれるだろ。信頼の証ってことで」
「……あんまり心配させないで下さい」
小柄な超能力者の頭を撫でる。すいませんでした、と三馬鹿は合掌した。
「さて、最期にひと悶着あったものの一件落着、めでたしめでたし。ってわけで、飲み直しよぉっ! 改めて花見酒じゃあっ!」
立ち上がった恭子がコップを掲げた。零れたワインを溜息を吐きながら田中君が拭く。乾杯じゃぁっ! と綿貫君も立ち上がり、全力で乗っかった。佳奈ちゃんは二人を見上げて笑っていた。橋本君はもそもそと唐揚げを食べている。乾杯、と傍らの咲ちゃんも缶をそっと掲げた。賑やかな宴会の再開だな。
桜の花弁が風に舞う中で、逝った幽霊へ献杯を捧げる。あの世で男を磨いておいで。そんで生まれ変わってまた会うことがあったなら。今度はちゃんと乾杯しようぜ。
風の音に紛れて、頑張ります、と微かな声が聞こえた。やれやれ。
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