おなかが空いた

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おなかが空いた

 走って、走って、小屋が見えないところまで走った。  少し山を登って、来たけれど、木も枯れて、葉っぱ一枚残っていない。  日が暮れてきたが、身を隠す場所もない。  でも、村の中にも動きはなかった。誰も動く気力もないのだろう。  食べ物として見ていられたらどうしようかと思ったが、その心配はないようだった。  瑠璃は昨日の夕食を思い出した。瑠璃の好きな手作りの煮込みハンバーグだった。デミグラスソースではなく、瑠璃の好きなトマトソースで煮込んであった。  お母さんはいつだって、瑠璃の好きなものを一品は入れて、夕食を作ってくれる。  昨夜だって、喧嘩をするほどの事もなかったのだ。お母さんは瑠璃の進路に反対をしたわけではなく、質問をしただけだったのに。  イライラしていた瑠璃は、勝手に怒って、せっかく作ってくれたハンバーグも残してしまった。  今朝だって、多分昨夜ちゃんと食べなかった分として、いつものトーストと目玉焼きの朝食に、具沢山のチキンスープが添えられていた。  あれもたべておけばよかった。  お弁当は飢饉などと知らなかったから子供たちにあげてしまった。 「あぁ、おなかが空いた。」  ひとり、ポツンと呟いてみる。  そのうち、うとうとと眠ってしまったようだ。  何かの気配に目を覚ますと、恐ろしいものが目に入った。  月明かりの下、山の下の方から、村人が大勢来る。  どこにいたのだろうと思う程、大勢の村人が手に手に鎌や鍬をもって瑠璃を探している様子だった。 『食べられちゃう?』  でも体を隠すような場所もない。  村人はどんどん近づいてくる。 「いたぞ!」  村人の一人が叫んだ。やはり探していたのは瑠璃だったようだ。  瑠璃は更に山の上の方へ力一杯逃げ出した。  でもおなかが空いて力が入らない。  それは、村人たちも同じなのだろうが、彼らは、驚くほどの執拗さで瑠璃を追ってくる。  足がもつれて転んだ瑠璃はいつの間にかぼろをまとった村人に囲まれていた。  一人が鍬を瑠璃に降り下ろそうとした時、 『きゃぁぁ‼』  叫び声をあげた瑠璃は揺り起こされた。 「瑠璃。瑠璃。しっかりして、」  母の声だった。 「大丈夫?うなされていたわよ。  あなた、トラックにひっかけられて病院に運ばれたのよ。運のよいことに足の捻挫だけですんだけど。頭の方はぶつけているといけないからCTをとったけど、何ともなかったわ。」   「あぁ、おかあさん・・あの・・いろいろごめん。。」 「何が?」 「進路の事で切れたり、ご飯食べなかったり。」 「良いのよ。作ったものを食べてもらえないのはさみしいけどね。それより瑠璃、あなたすごくおなかすいていない?」 「実はとっても・・・」 「だって、事故って聞いて急いで病院に来たんだけど、瑠璃ったら寝ているあいだずっとおなかの虫が鳴いていたのよ。お弁当はいつ食べたの?空だったけど。」 「あぁ、それは子供に食べられちゃって・・」 「え?何言ってるの?自分で食べたんじゃないの?」 「いや、本当に、子供に食べられちゃって・・」 「まぁいいわ。先生を呼んで、何か食べてよいか聞いてみましょう?」  医師が呼ばれ、捻挫以外には特に異常はないようなので、好きなものを食べてよいと許可が出た。  念のため、明日まで入院してから帰宅するように言われた。  母は、病院の売店でとりあえず、お弁当と飲み物、デザートの瑠璃が好きなプリンを買ってきてくれた。  瑠璃は、すぐに食べようとしたが一瞬、あの村の子供たちの顔が思い浮かんだ。  しっかり食べ物に手を合わせて 「いただきます。」  きちんと挨拶をした。  いつもいえでも挨拶を忘れたり、いい加減にごにょごにょ言って食べ始めていた娘を見ていた母は、驚いたが、何も言わなかった。  一口一口を丁寧に食べていく瑠璃は空腹を満たせるありがたさを感じながら、どのおかずもとても美味しく感じられた。 「おかあさん、明日退院したら、煮込みハンバーグの作り方教えて。」 「あら、自分で作る気になったの?いいことね。」 「お弁当も、自分で作れるようになるかな?」 「大丈夫。しっかり教えるわよ。その代わり、少し早起きしないとね。」  瑠璃は、いつも作ってもらってばかりだった自分を恥かしくも思った。  もう高校生なのだから、自分で自分のお腹を満たせるように成長しても良い頃だろうとも思ったのだ。  何の植物かもわからないのに土から掘り出してそのまま食べていた子供たちの事を思うと、うっすら涙が浮かんだ。    飽食の時代と言われる今だって、お腹を空かせている子供たちはいるはずだ。なんとなく見ているニュースでもそう言う報道はされている。  福祉の道に進もうとしていたのに、そう言うニュースに無関心だった自分を恥かしく思った。  これまで空腹なんて感じたことがなかった瑠璃は、進路である福祉の分野でも、お腹が空いている子供達の役に立てるような仕事に着けるように勉強をしようと、明確な目標をもって進路に向かう事が出来た。 【了】
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