飽食の時代から

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飽食の時代から

 佐々木 瑠璃は朝食のテーブルに着くこともなく、家を出ようとしていた。 「ちょっと、朝ごはんは?」  母が呼びかけるが、昨夜喧嘩をしたので何も話したくもない。 「お弁当!」  そんな瑠璃に、無理やりお弁当の包みを渡し、玄関から送り出す。 「はぁ、もう。お昼までにおなかがすいちゃうんじゃないのかしら?」  母は、心配になって、一人で呟いた。  瑠璃の住むのは青森県の田舎だ。  瑠璃の通う高校は瑠璃の家からは徒歩圏内。  途中にはコンビニも他の食べ物を売っているお店もない。  学校からは反対方向に、それも車で行かないと無理な距離だ。  おまけに高校には学食も、購買もないので、瑠璃はお弁当を持っていくしかなかった。  電車やバスで通ってくる子達はコンビニや途中のお店でお昼を買ってくる子も多いと聞く。    毎朝のお弁当作りは、母としては楽しみでもあったが、お昼は友達とお菓子で済ませてしまったと、全く手を付けていない日もある。  女の子なのだからそう言う事もあるのだろうけれど、さすがに一日持って歩いたお弁当は夕食に持ち越すこともできず、廃棄するしかない。  そんな時には、やはり、毎日は大変なのになぁ。と、少し思う事もあるのだった。  その日、瑠璃はお弁当を持たされてもプリプリしながら学校に向かっていた。  昨夜の喧嘩は進路の事で、夕食の途中で話し始めたので、途中から喧嘩腰になってしまった瑠璃は夕食も半分くらいしか食べていなかった。 「あぁ、もう、朝ごはん食べてくればよかったな。」  健康な17歳の少女は空腹を覚えながら高校に向かっていた。    信号のない横断歩道を渡れば高校である。  学校の前で結構大きな交差点なのに、珍しく信号がついていない交差点だった。  いつもは気をつけながら渡るのだが、その日は、喧嘩で起こっていたのと、お腹が空いたことを考えていたので、注意力が散漫だったのだろう。  瑠璃が横断歩道を渡ろうとした時に、瑠璃の後ろ方向からトラックが左折してきた。  瑠璃が気が付く前にトラックは瑠璃を引っかけ、瑠璃は宙に飛ばされた。  ドサっと大きな音を立てて、瑠璃は地面に落ちた。  一瞬自分に何が起きたのかはわからなかったが、多分横断歩道上で何かの事故に巻き込まれたのだろうとは予想がついた。  でも、運が良いことに、大きな怪我は無いようで、埃を払いながら立ち上がった瑠璃は一瞬何が起きたのか分からずに、自分の目の前を見つめていた。  立ち上がってみると、高校がなく、道路もなく、荒涼とした砂埃の舞う場所に立っていた。  ボロボロの小屋らしきものが点在している。 『え?ここどこ?』  瑠璃が驚いて立ち尽くしていると、子供の声がした。 「おらが先に見付けたんだ!」 「先に取ったもんの勝ちだ!」  身体の大きな男の子がひょろっとした子の目の前で、何か土の中から掘り出している。 「葛の根だ!」  掘り上げた大きな男の子が声をあげた。  どうやらなにかもわからないで、掘り始めたようだった。  そして、驚いたことにそのままいきなり齧り始めた。 「ちょ、ちょっとちょっと、洗わないの?」  瑠璃は思わず声をかけた。  子供達は驚いて瑠璃を見た。   「おめぇはどこからきた?」 「変な格好だな。」  確かに、子供達はボロボロの服を一枚来ているだけだ。  瑠璃はまだ冬服の制服なのに。  気温は低い。というか、瑠璃が家を出たときの気温と変わらないような気がするが、ここは瑠璃の家のある町ではない。    いや、現代ではない。  まさかとは思うが、タイムリープ?  あまりそう言ったことは信じていない瑠璃だが、今の周囲の状況を見るとそう思うしかなかった。  大人はどこにいるのだろう。 「くいもんのにおいがする。」  葛の根をかじり終わった大きな男の子と、葛の根を食べられなかったひょろっとした子が、瑠璃をじっと見ている。  いや、瑠璃が持っているお弁当のバッグを見つめている。 「さっき食べられなかった子に分けてあげるわ。私、昨日の夜からあまり食べていないから私も食べるからね。分けるだけよ。」  瑠璃がそう言うと、 「昨日の夜食べたならいいじゃないか。俺たちは3日も食べてないんだ。」  そういって、瑠璃の手からお弁当のバッグをひったくると、お弁当箱を乱暴に開けて、一瞬手がとまった。 「これは、なんだべ?」  揚げ物や色とりどりの野菜、卵焼きがはいっている普通のお弁当だ。  瑠璃は、3日間食べていないと聞いて、もう、自分が食べるのはあきらめた。 「全部食べ物だから大丈夫よ。ゆっくり食べたほうがいいわ。おなかが空いているのに急に食べたらだめよ。それに、二人でわけて食べてね。」  瑠璃は、これから自分に起きること等考えられずに子供にお弁当を譲ってしまった。  二人の子供はガツガツとお弁当を食べ始めた。  あっという間に中身はなくなったので、瑠璃はお弁当箱をバッグにしまった。  さて、これからどうしよう。  子供にご飯をあげない親はこの時代にもいると言う事なのだ。と思いながら大人を探して歩いた。  ボロボロの小屋を訪ねると、大人はその中にいた。  あまりに静かなので留守かと思ったが、大人は動く気力もないようで、座り込んだまま、戸を開けた瑠璃を見る目るばかりだ。 「おめぇは誰だ。」 「あの、何といいましょうか、ちょっと迷って。」 「この村にも何にもねえぞ。でてけ。」 「今、子供にお弁当を取られてしまって。何かたべるものをもらったら別の場所に行きます。」 「おめぇは何も知らねぇのか。この辺りは去年から干ばつで何も食べ物はねぇんだ。大人も子供もみんな食べられなくてバタバタ死んじまうんだ。」  瑠璃ははっとした。歴史の授業で習った。たしか、瑠璃の住んでいる地域では昔とても大きな飢饉があったのだ。  ヒトを食べて生き延びた人もいると確か書いてあった。  家の人の瑠璃を見つめる目が恐ろしく思えた。  瑠璃は決して体格が良い方ではないが、この人たちよりははるかに身体に肉がついている。  瑠璃は、急いで戸を閉めて、走りだした。
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