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1.村
「ひもじいな……もう、本当にだめかもしんねえ」
「……もう、粟もひえも一粒もねえ。米なんかもう一月も見てねえ。次はいよいよおらたちの番かなあ」
「……考えてみりゃ、婆様も大往生出来て、幸せだったかもなあ」
「そうかもなあ。もう、これ以上ひもじい思いすることがねえからな。ほら、こうして見てっと、なんとなくほっとしたような顔に見えてくらあ」
トントン
「今晩は、遅くにすんません」
「ああ、五助さん。こんな遅くに、どうした」
「いや、婆様往生されたって聞いてさ。一言お悔やみにな」
「ああ、そりゃご丁寧に、すんません。婆様そこに寝てっから、まあ、顔だけ拝んでやってくだせ。もう、家にゃ線香もねえけど。こんな世の中じゃ、ろくな葬式も出せねえ」
「はい、じゃ、ちょっと失礼して。ああ、本当に何やらほっとしたような、穏やかな顔されて。もう、苦しむこともねえんだしな」
「こんな夜中にわざわざ有難うごぜえます。婆様も喜んでるでしょう」
「いや、それでな……ちょっとお願いがあってな」
「はあ、何でしょ?言っとくけど、こっちからあげられるものなんて、何もねえよ。おらたち、ろくに飯も食えてねえんだから。あんたんとこだってそうだろ?」
「ああ、そうじゃ。おらん家(ち)も、もう何日も食えてねえ。三つになるガキにも何も食わせられなくて、もう骸骨みてえにやせちまってなあ。もう可哀想でなあ」
「みんな同じだよ。それで、何よ、お願いって」
「……それでなあ。丁度そこにある婆様の死骸なあ……おらんとこに預けてくんねえか……」
「……それって……」
「なあ、どうせろくな葬式も出してやれねえって言ったでねえか。おらん家で、ちゃあんと弔ってやっからさあ……婆様の死骸、おらとこにくんねえか……」
「あんた……まさか」
「なあ、ええじゃろ?あんたんとこは、流石に身内じゃから、ちょっと無理があるじゃろう。でも、おらんとこにとっては、身内じゃないから、その、まだ……なあ」
「ふざけんな!いくらなんでも、そんなこと許されねえぞ!あんた、鬼か!」
「鬼でもなんでも構わねえさ!どうせ腐らせちまうんなら、誰かのためになった方が婆様も喜ぶでねえか!きれいごと言ってる場合じゃねえ!おらんとこは、三つになるガキが」
「じゃ、そのガキを喰らえばええじゃろ!」
「なんてことをぬかす!お前こそ鬼畜生じゃ!」
「弱いものから食われていくんだ!しょうがねえんだ!それこそきれいごと言ってる場合じゃねえだろうが!」
「……もう、いやじゃ……ここは地獄じゃ……今度生まれてくるなら、米も麦も、なんでも山ほど取れるところに生まれてえよお……」
「ふん、泣いてなんとかなるなら、おらだって泣きとおしてえよ。涙が出るだけまだましじゃ」
2.町
「おい。しっかりしろ」
「ああ……」
「こんな道端で寝っ転がってたら、死んじまうぞ。ほら、起きろ」
「脚に力が入んねえ。もう、三日も食べてねえんだ」
「俺だってそうだ。だが、こんな所で転がってたって誰も助けちゃくれねえよ」
「まったく、なんでこんなことになっちまったんだ。俺たちの目の前には、麦から何からありとあらゆる穀物がそれこそ山みてえにあるってのによ。その一粒も俺たちの口には入らねえ。みんな役人が召し上げていっちまった」
「他所に売るためだよ。おれたちはまだまだ貧しいからな。金を稼がなきゃならん。お役人がそう言ってたんだからそうなんだろう」
「昔はよかった。皇帝がいたころはこんなこと無かったなあ」
「……まあ、あんまりそういうことは言わねえほうがいいぜ、マクシム。我慢してりゃいいこともあるさ。お互いなんとか頑張って、この急場を乗り切ろうぜ」
「そうだな。有難う。ああ、それにしても腹が減ったなあ。今度生まれ変わるとしたら、もっと豊かで金のある国に生まれてえもんだ」
「はは、そうかもな」
「あ、どうも。ちょっとご報告がありまして。実は反革命分子を一人見つけました。皇帝時代が良かったとか言って、現政権を批判している男です。しかも資本主義への憧れを隠そうともしません。そうですよね、明らかに反革命的ですよねえ。はい、マクシムという奴です。はい、勿論です。これからもすぐにご報告します。では今後ともひとつよろしく。へへへ」
3.都会
「お願いです。もう三日も何も食べてないんです」
「ダメだったら、ダメだよ!さっさと消えろ!」
「お願いです。どうせ、そのおにぎり捨てるんでしょ。おなかが空いてもう死にそうなんです」
「じゃあ、さっさと死ねよ!賞味期限切れの商品は絶対に捨てるように本部から言われてんだよ。大体、あんたみたいなくせえのにウロウロされたら迷惑なんだよ!さっさと消えねえと警察呼ぶぞ。このホームレス野郎!」
「ほらな。言わんこっちゃない。やっぱり、追い返されただろ」
「まったく、けんもほろろでした。それにしても酷いですよねえ。どうせ捨ててしまうなら、恵んでくれたっていいのに」
「だから言ったじゃねえか。あそこのコンビニはダメだって。あそこだけじゃねえ。どこのコンビニだってスーパーだって、恵んでくれるとこなんか、ありゃしねえんだよ」
「ああ、神様。今度生まれてくる時は、もっとやさしい国に生まれてきたかったです。なんだか、いっつもおなかが空いてたような記憶がある。ずっと地獄ばかり渡り歩いてきたような気がするけど、ここもやっぱり地獄だったみたいです」
「なに、ぶつぶつ言ってやがんだ。お前、アホか。神様に言ったってお門違いさ。地獄は人間が作るんだよ。ひひひ」
注1:天明の大飢饉 天明年間(1782年から1788年にかけて)に発生した飢饉で、日本の近世では最大のものとされる。悪天候や冷害、更に火山の噴火による日射量の低下等で、壊滅的な不作となり、深刻な飢饉状態となった。同時期に発生した疫病の影響もあり、最終的には全国で数十万人が死亡したとされる。
注2:ホロドモール 1932年から1933年または1934年頃にかけて、旧ソ連、スターリン政権により発生した大飢饉。計画的な飢餓、人工的・人為的な大飢饉であったとされており、餓死者の数は諸説あるが、数百万人の単位と言われている。
注3:日本の食品ロス 612万トン(1年分)(農水省ホームぺージより)
[了]
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