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 昔から、人前で食べるのが苦手だった。  マスクをつけたまま、オレは弁当箱を覗き込んだ。今日は給食ではなく弁当の日ということもあり、食べ終えた人から休憩に入れる。  すでに半数以上の生徒が昼食を終え、教室からいなくなっていた。  やっと視線が気にならなくなり、辺りを警戒しながらマスクのゴムを片方外す。  左腕で顔を隠すようにしながら、卵焼きに箸を伸ばした。作業のように手を動かし、次々と箸で食べ物をつまんでは、顔に近づける。ようやく弁当が空っぽになり、僕はマスクをつけた。 (気持ち悪い)  空腹で吐き気がする。オレは口元をおさえて立ち上がると、廊下に向かった。 「――ねえ、今さ、食べてなかったよね?」  廊下に出たところで、背後から声をかけられた。  顔から血の気が引いていく。朝からなにも食べていないせいで、頭が回らない。混乱したまま振り向くと、そこにいたのはクラスメイトの戒田(かいだ) (がく)だった。 「見間違いかもしれないけど、山子(やまこ)のマスクの下に、なんかいたような気がして」  黙っていると、戒田は「見間違いならいいや」と言って、オレの隣を通りすぎる。立ち去ろうとする彼の手を、思わず掴んだ。 (待って)  心の中で呼び止め、彼の手のひらを握り締めた。戒田は「いたっ」と、顔をしかめて僕の手を振り払った。 「今、なにかに噛まれたような?」  戒田はオレが握った左の手のひらを覗き込む。 (ごめん)  オレは心の中でつぶやくと、わけを説明する代わりに手のひらを見せた。  そこには、赤い舌をチロチロと出した口が、尖った歯をこぼして笑っていた。
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