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「口がいなくなったのって、やっぱりその口に追い出されたからだったりするの? ほら、巣を乗っ取って自分のものにする鳥とかいるし」  オレの顔を動く第二の口を、戒田は指さす。  言われて気づいたが、オレの口がいなくなったのは、どうしてなのだろうか。そもそも「いなくなった」のではなく、消された可能性もある。今もオレの顔でニタニタと笑う気味の悪い口を思い浮かべ、血の気が引いていく。  考えてみると、こんな不気味なものに、よく平然と食べ物を与えていたものだ。もしかしたら、すでにオレの口は第二の口に食べられてしまったのかもしれない。 「山子?」  血の気の引いた顔でうつむくオレを、戒田が覗き込む。  なんでもないと、首を横に振ったときだった。  あの苦手な臭いがして、鼻をおさえる。すぐに納豆の臭いは消え、かわりに口の中に甘酸っぱい味が広がった。続いて冷たい水が口の中に流れる感覚がして、喉がすっきりする。ないはずの口を確かに感じ、オレは鼻の下に触れる。やはり、そこにはなにもない。 (誰かがオレの口に、食べ物を与えている?)  離れていても、自分の口とは繋がっているのかもしれない。考えている間にも、次々と甘い味が口を通り抜けていく。味だけではない。鼻腔を食べ物の香りが通り抜けたとき、どこかから口の気配を感じた。  近くにオレの口がいる。確信し、オレは教室を飛び出した。 「おい、待てよ!」  背後から、追いかけてくる戒田の声が聞こえた。  振り向くことなく走っていると、口の中の甘味がなくなった。味を洗い流す水の感覚が、心地よい。同時に、オレは足を止めた。  自分の口の気配を頼りにたどり着いたのは、理科準備室だった。窓から中を覗くと、埜呂先生がビーカーを覗き込んでいた。その手には、グミをつまんだピンセットを持っている。  オレは理科準備室の引き戸を開く。埜呂先生がこちらを向いたと同時に、ビーカーの中にいたなにかが、赤いグミに飛びついた。とたんに、口の中にイチゴ味が広がった。
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