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トアは白地に茶色いまだら模様が入ったスコティッシュフォールドの雄猫である。
長年、猫との暮らしを望んでいたシホが、初めて迎え入れた猫だった。
彼女の元にやってきたときは生後二ヶ月で、両手に収まるほどの子猫だったが、それから四ヶ月、生後六ヶ月になると、ほとんど成猫と変わらないくらいの巨体に成長していた。
「いや~、六ヶ月でこの大きさは、順調すぎるくらいの成長ですね」
定期検診で通っている近所の動物病院の獣医は、トアの頭を優しくなでながら、満足げに言った。三十代後半の、ほっそりとしていながらも意思の強そうな顔つきをした女性獣医にトアはとても懐いている。動物に対しての愛情が感じられる診察には、シホも信頼をおいていた。
「健康状態も問題ありませんし骨格もしっかりしてきてますから、そろそろ、去勢手術をおすすめしますが、どうでしょう」
「去勢手術ですか」
「ええ、今後、繁殖をお考えでないのでしたら、最初の発情期を迎える前に行うのがいいんですけどね。発情によるストレスが軽減されますし、尿スプレーのマーキング行為も防止できますから。そういう意味では、猫ちゃんだけでなく、飼い主さんのストレス軽減にもなります」
なるほど。そういう話は聞いたことがある。
シホは指先を顎に添え、ふむふむと納得する。全身麻酔は心配だが、この先生になら託すことができる気がする。
「わかりました。よろしくお願いします」
そして、二週間後、去勢手術が行われることとなった。
手術当日は朝から飲食禁止である。なぜ飯抜きなのか理解できないトアをだましだましなだめて、病院まで連れて行った。
病院や獣医に対して、トアはなんら抵抗を感じておらず、なんなら、ここの人たちは自分を可愛がるための存在と思い込んでいるので、まったく問題なく獣医の手にゆだねることができた。
そして夕方、病院まで迎えに行った。
動物病院の真新しい扉をくぐり、受付カウンターのある待合室に入った途端、奥からとんでもない獣の雄叫びが聞こえてきた。
「うわ、なんかてこずってる子がいるみたいですね」
シホが受付の女性に笑顔で声をかけると、女性は曖昧な返答をして笑みを浮かべ、せわしなく受付をすませ、呼ばれるまで待つよう指示した。
名前を呼ばれ、怪訝な顔で首をかしげつつ、診察室の扉を開けた。その瞬間、受付の女性の微妙な笑顔の意味を悟った。
そういうことか。
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