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邦子の手を握って、和宮はきびすを返した。
***
翌日、和宮は縁側に腰掛けて、何をするでもなく、裸足のままの足をプラプラと揺らしていた。公家社会では、どんなに寒くても、帝の許可が下りないと足袋を履くことはできない。
足の動きに従って、深紅の袴の裾が、ヒラヒラと揺れる。それをぼんやりと目で追っていると、不意に「和宮」と名を呼ばれた。同時に、コン、と頭に軽い衝撃を感じた。
艶のある緋色の髪で覆われた頭に手をやり、目線を上げる。その先には、有栖川宮熾仁親王の面長の輪郭の中で、切れ上がった目元が微笑していた。その鼻筋はまっすぐに通り、唇は穏やかに両端が上がっている。
「……熾仁兄様」
熾仁とは、本当の兄妹ではない。とは言え、彼は和宮の亡き父・仁孝帝の猶子となっている為、戸籍上は兄妹だ。
しかし、和宮が六歳――実年齢五歳の頃、彼とは婚約の儀を結んだ。ゆえに、彼は将来の夫でもある。
ただ、猶子云々は関係なく、出会った時から和宮は熾仁を『兄様』と呼んでいるし、実際熾仁は兄のように接してくれている。
「どうしたんだい? 今日は浮かない顔だね」
「……そういうわけじゃ」
「そういうわけだろう。ほら、可愛いほっぺが膨れてる」
チョンと頬をつつかれ、和宮はますますお冠になった。
「宮?」
「どーせ、兄様だって知ってるんでしょ?」
「何を」
「あたしが、本当は丙午生まれだって。食い殺されるかも知れないのに、婚約までして……怖くないの?」
唇を尖らせたまま、ボソボソと問う。
バレたときが見物だ、などと、あんな風に扱き下ろされては、いい気分はしない。今の和宮には、熾仁に露見して嫌われるかもという恐怖より、彼女たちに気持ちのいい見物なんてさせるものか、という意地のようなものがあった。
あのあと邦子に訊いたところ、和宮の本当の誕生日は、弘化三年閏五月十日〔一八四六年七月三日〕だという。従って、現在の本当の年は七歳だ。
弘化三年は、干支に直すと丙午の年で、迷信好きな公家社会では『不吉』ということになるらしい。当然、母やその周囲の親しい人間はそれを恐れ、和宮が二歳になる頃、年替えの儀を行ったという。
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