【第一幕 江戸、下向】第一章・第一話 乙女の奮戦

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 それによって、和宮(かずのみや)の誕生日は、弘化(こうか)二年十二月二十一日〔一八四六年一月十八日〕となり、今は毎年、内輪での誕生祝いの宴が開かれている。  くだらない、と思った。たかが迷信でそんな――と。  けれども、その『たかが迷信』は、大人たちには何より大事らしい。 (……熾仁(たるひと)兄様も、大事なのかな)  将来の妻より、食い殺される知れないという言い伝えのほうが大切だろうか。今頃になって、理由の分からない不安に襲われ、いつしか下げていた視線をまた熾仁へ向ける。  しかし、隣に腰を下ろした彼は、変わらない笑みを浮かべていた。 「どうして?」 「え、だって……」  当然のように聞き返され、和宮は戸惑った。 「だって……あたしが兄様を食べちゃうかも知れないって」 「誰が言ったんだい?」 「女房の……あまり顔は見掛けない人だったけど」  すると、熾仁は苦笑のような吐息を漏らす。 「何だかんだ、彼女たちも暇なんだ。噂話と悪口言うことしかすることがない人たちだからね。許してやって」  言いながら、彼は掌を、そっと和宮の頭に乗せた。 「今の和宮は、乙巳(きのとみ)生まれだろう?」 「……うん」 「つまり、年替えの儀を(おこな)ったってことだ。だったら大丈夫。忌みごとはそれで解消されたはずだし、何より君はこんなにいい子じゃないか」  ね? と柔らかい微笑と共に、熾仁が小首を傾げる。  心底ホッとした和宮の顔にも、同じように笑みが浮かんだ。  それを見計らったかのように、「宮様」と廊下のほうから声が掛かる。振り返ると、邦子がそこに立っていた。  頭頂部で結い上げた髪は、漆黒の(つや)やかな滝のように背に流れている。ほっそりとした身体には、白い小袖と深紅の袴を纏い、その上から重ね着した(うちぎ)を羽織っていた。整った目鼻立ちと相俟って、四つしか違わないと思えないほど美しく大人びた邦子は憧れで、和宮は彼女を『姉様』と呼んで慕っている。 「これは、熾仁様もおいででしたか」  邦子はキビキビと裾を捌き、片膝を立ててしゃがんで頭を下げた。
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