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「やあ。邦子も久し振りだね。元気そうで何よりだよ」
「傷み入ります」
「ところで、和宮」
「何?」
不意に呼ばれて、和宮は邦子に向けていた視線を熾仁へ戻す。
「この前出した宿題は終わった?」
彼は、婚約者であるばかりでなく、書と歌の師でもある。
「もちろん!」
来て、と言って立ち上がると、和宮は熾仁の手を引いて、自室へと歩を進めた。
***
カッカッカッ、と馬の蹄が地面を叩く音と、的に着矢する軽い音が混ざり合って、青い空に溶ける。一拍遅れて、集まった人々の中からも歓声が上がった。
その中に紛れ、和宮も馬上の少女――十二歳で宮中行事である流鏑馬に出場している邦子に、拍手を送る。
(やっぱり、格好いいなぁ)
まるで、恋する相手に対する台詞を脳裏で呟きながら、和宮は邦子に見惚れていた。
陰陽師の一門・土御門家に産まれた邦子は、幼い頃からいわゆる戦巫女として、教育を受けていたらしい。女だてらに馬術・弓術のみならず、剣術や体術も相当な腕だという。
和宮の侍女兼護衛として、橋本邸に召し抱えられたのも、それゆえだ。
「和宮」
ほうっ、と感嘆の溜息を吐いた時、頭上から声が掛かる。和宮をここまで連れて来てくれた、熾仁だ。
今日は彼にねだって、やや強引に付き添いを頼んだのだ(もっとも、付き添いを頼んだのは和宮の母・観行院だが)。恋人同士のお出かけみたいじゃない? などと、和宮は浮かれていたが、熾仁の表情は最初から随分硬いような気がしている。
「もう帰ろう」
「ええー」
しかし、せっかくいい気分でいたところに水を差され、たちまち熾仁の表情に対する懸念は、頭の隅へ追いやられた。和宮の唇は尖り、眉根にはしわが寄る。
しかし、熾仁は和宮の機嫌に構わず、和宮の手を引いて人混みを抜け出た。
人が疎らになる場所へ停めてあった牛車に向かって、足早に和宮を導く。すでに十九歳と大人の域に達している熾仁と、まだ八歳の和宮の歩幅には大きな差があり、和宮は熾仁に手を引かれている所為もあって、半ば小走りだ。
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