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「あっ!」
そして、ついに熾仁について行き切れずに、足をもつれさせた。転倒の拍子に、彼と手が離れる。
熾仁は苛立ったような溜息を吐いて、和宮をやや乱暴に立たせた。
「宮様!」
その時、背後から邦子の声がした。
「邦姉様」
振り返って呼ぶと、彼女は駆け寄って、和宮の着物の埃を払ってくれる。
「お怪我はありませんか?」
「……う、ん……多分」
倒れた衝撃で、まだ身体の前面がジンジンと悲鳴を上げている。どこかに擦り傷があったとしても、自分ではよく分からない。
「だからお屋敷でお待ちくださいと申し上げましたのに」
困ったような顔で言いながら、邦子は熾仁へ視線を移した。
「申し訳ございません、熾仁様。ほかにご用がおありだったのでは?」
すると、熾仁は一瞬ばつが悪そうな表情になる。が、それは刹那の瞬間のことで、彼はすぐさま、邦子に苦笑を向けた。
「……いや、別に。でも、仮にも先帝の皇女が、こんな人混みにって思うとね」
「お気遣い、傷み入ります」
邦子は、和宮の肩先に手を当てながら立ち上がり、頭を下げた。いつものように結い上げた漆黒の髪が、サラリと彼女の肩先を滑る。
「宮様。わたくしはまだ後片付けなどがありますゆえ、先に熾仁様とお戻りください」
腰を屈めて和宮と目線を合わせて言った邦子は、次いで腰を伸ばし、熾仁を見上げる。
「熾仁様。お手数ですが、和宮様を橋本邸までお送りくださいますか」
「ああ、もちろん。来る時も一緒だったしね」
「それと、今し方のこともお伝えください。和宮様がお転び遊ばされたとそれだけお伝えくだされば、あとは乳母殿がいいようになすってくださるでしょうから」
邦子の頼みに、熾仁はまたも一瞬、どこか迷惑気な表情を浮かべた。しかし、それは錯覚かと思うほど一瞬のことだった。
「分かってるよ」
そう返事をした時の熾仁は、もういつもの穏やかな顔だった。
***
しかし、橋本邸へ戻った和宮は、結局自分で転んでしまったことを乳母の藤に伝えた。
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