【第一幕 江戸、下向】第一章・第一話 乙女の奮戦

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「あっ!」  そして、ついに熾仁(たるひと)について行き切れずに、足をもつれさせた。転倒の拍子に、彼と手が離れる。  熾仁は苛立ったような溜息を吐いて、和宮(かずのみや)をやや乱暴に立たせた。 「宮様!」  その時、背後から邦子の声がした。 「(くに)姉様」  振り返って呼ぶと、彼女は駆け寄って、和宮の着物の埃を払ってくれる。 「お怪我はありませんか?」 「……う、ん……多分」  倒れた衝撃で、まだ身体の前面がジンジンと悲鳴を上げている。どこかに()り傷があったとしても、自分ではよく分からない。 「だからお屋敷でお待ちくださいと申し上げましたのに」  困ったような顔で言いながら、邦子は熾仁へ視線を移した。 「申し訳ございません、熾仁様。ほかにご用がおありだったのでは?」  すると、熾仁は一瞬ばつが悪そうな表情になる。が、それは刹那の瞬間のことで、彼はすぐさま、邦子に苦笑を向けた。 「……いや、別に。でも、仮にも先帝の皇女が、こんな人混みにって思うとね」 「お気遣い、(いた)み入ります」  邦子は、和宮の肩先に手を当てながら立ち上がり、頭を下げた。いつものように結い上げた漆黒の髪が、サラリと彼女の肩先を滑る。 「宮様。わたくしはまだ後片付けなどがありますゆえ、先に熾仁様とお戻りください」  腰を屈めて和宮と目線を合わせて言った邦子は、次いで腰を伸ばし、熾仁を見上げる。 「熾仁様。お手数ですが、和宮様を橋本邸までお送りくださいますか」 「ああ、もちろん。来る時も一緒だったしね」 「それと、今し方のこともお伝えください。和宮様がお転び遊ばされたとそれだけお伝えくだされば、あとは乳母(めのと)殿がいいようになすってくださるでしょうから」  邦子の頼みに、熾仁はまたも一瞬、どこか迷惑気な表情を浮かべた。しかし、それは錯覚かと思うほど一瞬のことだった。 「分かってるよ」  そう返事をした時の熾仁は、もういつもの穏やかな顔だった。 ***  しかし、橋本邸へ戻った和宮は、結局自分で転んでしまったことを乳母の藤に伝えた。
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