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【第一幕 江戸、下向】第一章・第一話 乙女の奮戦
「――ねぇ、お聞きにならしゃいました? ウチのお姫さんの話」
「どんな話?」
「何でも、本当は丙午生まれなんですってね」
嘉永六年十二月二十一日〔一八五三年一月十九日〕。
この日、毎年のように誕生日の宴が開かれ、招待客を見送ったあとのことだった。八歳になったばかりの和宮は、邸の女房〔侍女〕の潜めた声に、思わず足を止めた。
「ウチのお姫さんって……和宮さんのこと?」
「決まっとるやおへんか。ウチにお姫さんはお一人しかあらしゃいませんでしょう」
宮様、と小さな声で、侍女兼護衛を務める土御門邦子が、その場を離れようと促す。しかし、和宮は手を挙げて邦子を制した。
その間に、和宮と邦子がその場にいるのを知らないらしい女房たちの噂話は、次第に甲高い響きを帯びて行く。
「せやかて、宮さんのお生まれは乙巳でっしゃろ?」
「年替えがあったんです。丙午生まれの女は、長じて夫を食い殺すて、恐ろしい言い伝えがあらしゃいますやろ? せやから、宮さんが二つにならしゃったみぎりに、年替えの儀ぃを執り行のうて、乙巳生まれて体裁を整え遊ばしたんや」
「ほなら、有栖川宮さんはご存じで?」
「そこですわ。万が一、丙午生まれや言うことが知れたら、宮さんは歴とした皇妹であらしゃりながら、一生嫁かず後家いう憂き目に遭うかも分からしまへんよって、バレへん内にお婿様を確保しなさったんや」
「ほなら、ご存じやあれへんのか」
「そこまでは知らしまへん。けど、ご存じやなかったとしたら、知れた時が見物やと思わん?」
「まー、意地の悪い方や。何ぞ、宮さんに恨みでもありますのんか?」
「そういうわけではあれへんけど……ねぇ?」
押し殺しても殺し切れない忍び笑いには、明らかに嘲笑の色が含まれている。
和宮は、父・仁孝帝が亡くなってから、母が皇宮の外で産んだ子だ。それゆえなのか、皇女と言っても、どこか軽んじられていると感じる時もある。
「宮様」
潜めた声音で、再度邦子がその場を離れようと促す。
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