死嘆の夢

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東京都某区、そこに美しい桜並木が名物の大きな公園がある。 そこでは毎年、公園を会場にしてお花見イベントを開催していた。 祭りは基本的に地元住民の手によって運営されており、屋台の内容の決定から実際の設置まで、全て周辺の住民が一体となって行っていたのだ。 これは、今から10年前――お花見イベントの時の事。 当時そこで暮らしていた私達一家も準備を手伝い、イベントは無事に初日を迎えた。 と、当時の自治会長である男性が、住民の皆を集めて記念撮影をしようと言い出したのだ。 満面の笑顔で――満開に咲き誇る沢山の桜とその真後ろにある新築のマンションを背景に、写真に収まる私達。 それから数日後、早速、自治会長が私の家に写真を届けにやって来た。 が、どうした事だろう――我が家を訪れた自治会長は、何やらずっと首を捻っているのだ。 気になった私の父が、彼に何かあったのかと理由を聞いてみる。 すると、相変わらず首を捻ったまま、 「いやね、この写真……何か黒い虫みたいな物が写っちゃってるんだよ。おかしいよなぁ。撮影の時は、ちゃんと確認したつもりだったんだけど」 と、告げて来る自治会長。 見てみると、確かに――私達の背後のマンション……その屋上の部分に、小さな黒い影が写り込んでいた。 「ごめんね、折角の記念写真だったのに」 そう謝る自治会長に、私達は「気にしないで下さい」と返し、有り難く写真を受け取った。 けれど、その日の夜から、我が家の一家全員がとても恐ろしい夢を見るようになったのである。 それは、一体どんな夢なのかというと――。 夢の中、気付くと私は一人で――何処かの建物の屋上のふちに佇んでいるのだ。 と、不意に両足をふちの外から伸びて来た青白い手に引っ張られるのである。 その後、私の足を引っ張りながら……ゆっくりと、ふちから少しずつ登る様にして姿を現す、長い黒髪に血塗れの中年の女性。 彼女は足から徐々に私の体を登ってくると――最後には、がっちりと私達の体にしがみつき、そのまま屋上から、共に地面へとダイブさせて来るのだ。 所謂、無理心中である。 毎夜夢を見る度に、血塗れの女に無理心中をさせられる私達。 そんなおぞましい夢に悩まされ続けたある日、母がふとある事に気が付いた。 「ねぇ?この夢って、あの写真を貰ってから見るんじゃない?」 母の言葉にはっとする私達。 私達は写真を取り出すと、改めて眺めてみた。 と、あの黒い影が明らかに以前見た時よりも下に移動しているではないか。 戦慄する私達。 「これは、虫なんかじゃないのかもしれない」 父はそう言うと、ルーペを取り出し、影を眺めてみた。 瞬間、ソレが何であるかを理解してしまうや、悲鳴を上げる父。 曰く、ソレは屋上から落ちていく髪の長い女性だったらしい。 (きっと私達はこの写真のせいで、恐ろしい夢を見ていたんだ) 私達はそう確信すると、ネット記事や図書館の新聞で、町で何か事件が起きていないか調べてみる。 すると、私達が丁度撮影をした日、公園の真後ろにあったあのマンションで中年の女性が投身自殺をしたという記事に辿り着いた。 そう、あの写真は女性が飛び降りたその瞬間を捉えてしまった写真だったのだ。 直ぐに、写真をお寺に持ち込み、お焚き上げをして貰う私達。 以降、あの夢を見ることは一切無くなった。 ――あの女性は、独りで死ぬのがあまりに淋しくて、私達を誘おうと写真から抜け出して来てしまったのだろうか。
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