51人が本棚に入れています
本棚に追加
その後、授業はどうにか思考を放棄して真面目に取り組んだものの、帰り道になると再び振り払った考えが戻ってきてしまった。
今日は買い出しの日なので、買い物をしに寄り道をした。
……この通りだ。オースティン様のことを助けたのは。
昨日のことのように鮮明に浮かび上がる記憶。ただ、それを上書きするかのようにオースティン様の言葉が頭の中を占めていた。そんな自分と格闘しながら、買い物を済ませていく。
「すみません、リンゴをもらえますか」
「まいどあり。何個だい?」
「三十個……」
「えっ?」
「えっ……あっ、間違えました! 三個、三個でお願いします!」
「お、おう」
自分で自分を振り回した結果、店主さんを困らせてしまった。申し訳ない。
果たして必要な物は全部買えただろうか? 不安が生まれていくものの、今のところ大丈夫そうだ。買いこむだけあって、少し買い物袋が重い。だけどいつものことなので慣れてはいる。
お肉をどのくらい買おうか吟味していると、背後から名前を呼ばれた。
「クロエさん」
「……え?」
なぜか通りにいるオースティン様。考え込み過ぎて自分が幻覚を見始めたのかと疑い始める。
「クロエさん、オースティンです」
「……本物、ですか」
「は、はい。本物ですが……」
どうやら幻覚ではないようだ。そうとわかれば、すぐさま挨拶をしなくては。
「こんにちは、オースティン様」
「こんにちは、クロエさん」
ごきげんよう、と悩むところだがここは平民街なのでその言葉は似合わないことだろう。
改めて、とても整った顔だなと思う。全く動かない表情も、今では見慣れたもので、特段怖いとは思わない。その上、私の中で占めていた言葉が本人を目の前に一気に爆発する。
……駄目だ、考えないようにしよう!
こんな状況、考えるなという方が無理な話だ。それでも、今、目の前のオースティン様に集中しないと。
ぎゅっと目を閉じると、無理やり思考を切り替えた。
「オースティン様、こちらで何をされているんですか」
「料理のための買い出しを。クロエさんは帰りですか?」
「はい」
料理? と一瞬心の中で首を傾げたが、すぐに意味を理解した。
「もしかして、ご自分で作るための材料ですか」
「はい。宣言しましたので」
表情は微動だにしないものの、背中から強いやる気がにじみ出ていた。
オースティン様によれば、買い出しからが料理とのことだった。だから、自ら足を運ばれたのだとか。
「何を作られるんですか?」
「実はまだ決めきれていなくて。サンドイッチは思いついたのですが、それだと真似になってしまう気が」
「そんなことありませんよ。初めて作る料理にしては、最適だと思います」
「それなら」
よかった、他愛のない会話ができている。
ひとまずはほっと胸をなでおろすのだった。
最初のコメントを投稿しよう!