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それはただの略奪です
詳しく話を聞きだせば、ルルメリアのことを好きになった王子殿下が、元あった婚約を破棄してルルメリアを選んでくれるということだった。
いやそれってただの略奪だよ。特権じゃないよ。
黙って聞いていたが、酷い話だ。そもそもルルメリアが婚約者のいる王子殿下に近づくなど正気の沙汰ではない。必ずルルメリアを好きになってくれるらしいが、だとしても非常識極まりない行為だ。
(……よし、決めた。この子にはまず常識を教えないと)
教育者として、親として、ルルメリアがこのまま成長するのは見過ごせなかった。
同日午後、私はルルを椅子に座らせた。
「ルル。少しお母さんと勉強しよう」
「べんきょう? やだ!」
プイッとそっぽを向いてしまう。
おぉ、勉強は嫌がるのか。これは年相応とみるべきか、むしろ勉強をしたことがある経験者ととるべきかはわからなかった。すぐさま切り替えて、優しい声で違う案を出した。
「……じゃあ、お母さんとお話しよう?」
「それならいいよ!」
にこにこと微笑むルルメリアに、逆はーれむの話から始めた。
「ねぇ、ルル。逆はーれむができたらその後どうするの?」
「ぎゃくはーれむができればしあわせ!」
幸せ。恐らく本当にそうなったとしても、ほんの一瞬だけの話だろう。
「ねぇ、ルル。まずね、結婚は一人の人としかできないのよ」
「あたしはできる! ひろいんだから‼」
「ルルがヒロインでも、この国のきまりは守らないといけないの」
「えー」
この国の法律では、一夫多妻は禁じられている。もちろん逆も然りだ。
私は真面目な表情で説明したが、ルルメリアはむすっとした顔になってしまう。
「一人しか結婚できないとなったら、ルルはだれか選べるの?」
「えぇっ。えらべない! みんなすきだからぎゃくはーれむなんだよ?」
さも当たり前のような態度で回答をされる。きらきらした純粋な目は可愛らしいものだが、言っていることは滅茶苦茶だ。私は頭を抱えたくなってしまった。
「えらばなくてもだいじょうぶだよ!」
「大丈夫?」
「うん、みんなでなかよくくらすの。そうすればあたしはおひめさまになれるから!」
おお、無理難題を言うな。
選ばなくても問題ない、なんてことはないのだが、どうやってそれを伝えるべきか考え込んだ。そもそもルルメリアが挙げた男児たちは、揃って高位貴族ばかりだったことを思い出した。
「おひめさま?」
「うんっ。おうじさまとけっこんできれば、おひめさまでしょ?」
さも当たり前のように言い切るルルメリア。
どうやらまだ王子妃ではなくお姫様という言葉を使う辺り、感性はまだ大人びてはなさそうだった。
「そっか……それじゃ、ルルはお姫様になれないね」
「えっ、やだ‼ どうして?」
「だってルルは誰も選ばないんでしょ? それは王子様も選ばないってことだから、王子様と結婚しないとお姫様にはなれないからね。さっきも言ったけどみんなと結婚はできないから」
ルルメリアはあんぐりと口を開けて固まっていた。
「誰か一人しか選べないんだよ、ルル」
一人も選べないと断言するのはやめておこう。あまり否定してしまうと、ルルメリアを傷つけてしまうから。
「なんで? あたしはひろいんなんだからみんなをえらぶもん」
あんぐりと口を開けていたかと思えば、ルルメリアは目にいっぱいの涙をため始めた。
「ひろいんでも、世の中の決まりは守らないといけないから」
そう、世の中の決まりーーすなわち法律は誰しもが守らなくてはならない。例外などなく、ルルメリアがひろいんであっても、それは変わりようのない事実だった。
真面目な声色で告げれは、ルルメリアは私の方を不機嫌そうに見た。
「……おかーさんなんてきらい!」
「あっ」
そう叫ぶと、椅子から下りて自分の部屋へと籠ってしまった。
傷つけないよう注意していたつもりが、まだ配慮が足りなかったようだ。
「……言い過ぎたかな。でも全部正論のはずなんだけど」
いくら前世の記憶かあるとはいえ、相手は五歳児。そこに細心の注意を払わなくてはいけない。
明日はもう少し簡単なことから教えてみよう、そう決めるのだった。
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