52人が本棚に入れています
本棚に追加
〈オースティン視点〉
料理の練習をしたいと告げたら、料理長は目を見開いていた。ただ、すぐに微笑みを浮かべて「何を作りましょう?」と切り替えてくれた。
何を作るにしても材料が必要になる。
買い出しは自分で行くことにした。これ以上仕事を増やすのは申し訳ないと思った。
……今日がクロエさんの出勤日で、あの通りに行けば会えるかもしれないというよこしまな気持ちがあったとは誰にも言えない。
運の良いことに、彼女に会うことができた。
できるだけ長くいたくて、細かいことまで聞いた。おすすめをされれば、喜んでその食材を買った。
買いすぎたなと思う反面、それでクロエさんのふとした笑みを見られたので、自分で足を運んで大正解だった。
送りたいという気持ちと同時に、まだ一緒にいたいという思いが強くて引くことができなかった。結果、送り届けることができた上にルルさんにも挨拶ができた。
幸せな時間を胸にしまいながら、屋敷へと戻った。
厨房へと向かうと、大量に買ってきた食材を見て料理長がまためを丸くしていた。買ってきた甲斐があったのか、真剣さを買ってくれた料理長が、早速練習に付き合ってくれた。
「オースティン様。何を作られますか?」
「……サンドイッチを作ろかと」
「サンドイッチですか! 良いですね」
俺が幼い時からずっとレヴィアス伯爵家の厨房を任されてきた料理長。彼への信頼は揺るぎないものだった。
「では、まずは野菜の準備が必要ですね」
「野菜はそこの紙袋に」
「はい。たくさん買っていただいたので、ここからいくつか使いましょう」
「わかった」
慣れた手付きで食材を選別する様子を見ながら、まずは何をするのだろうと考えていた。
「オースティン様、包丁を持たれるのは初めてですか?」
「……刃物なら持ったことはある」
「それは剣のことですね」
あれでは経験に入らないのか。
料理長が持ってきた包丁に視線を向ける。確かに剣より短い。
野菜はまず洗うのだと教えられると、次に実践へと入った。
「では、野菜を切るところから始めてみましょう」
「……切る」
用意された包丁を持ってみるが、どうやって切れば良いのか想像がつかない。じっと料理長を見つめれば、彼はにこりと微笑んで野菜を手にした。
「切る時は猫の手ですよ。手を切ってしまうと危ないので」
そのような下手はしないと思いつつ、言われた通り野菜の上に手を置いた。
「こうぎゅっと」
「ぎゅっと……」
ぐっと拳を作った状態にすると、料理長は大きく頷いた。
「そうです。これで野菜を押さえつつ、切っていきます」
トマトを迷いなく切り終える料理長。その動きは非常に鮮やかで、無駄がなかった。
最初のコメントを投稿しよう!