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私がもやもやとする中でも、ミンター男爵令嬢は怒涛の勢いで話していく。ついには演奏会のお誘いもしていた。
(演奏会は……)
断ろうとした身として止めるわけにはいかない。しかし、彼女と一緒に行く姿を想像するのは嫌だった。
「申し訳ありませんがミンター嬢、お断りさせていただきます」
「そ、そんな」
「あと。彼女は侍女ではありません。彼女とは初対面にもかかわらず、そのような言葉を選ぶのはいかがなものかと」
「えっ」
ミンター嬢の視線は、侍女じゃないなんて嘘でしょう? とでも言いたげなものだった。
オースティン様がここまで言ってくれたのだ。私も何か言うべきなのかもしれない。ただ、私には自分の立場上、目をつけられる危険を侵すことができなかった。
(……子爵家とはいえ、今の私は没落貴族だもの)
社交場にも顔を出さず、学園の教師として働いている私は恐らく令嬢とは言えない。
虚しさともどかしさで、ぎゅっと手のひらを握りしめた。
「我々はこれで」
「あっ、レヴィアス伯爵様っ」
「行きましょう」
穏やかな声色をしながら、私の手を取って舞台から離れてくれるオースティン様。
私は結局、ミンター男爵令嬢に挨拶することができなかった。
「すみませんクロエさん、不快な思いをさせてしまって」
「オースティン様は何も悪くありません。……問題は私に」
「何をおっしゃるんですか。クロエさんこそ、何も悪くありませんよ」
「……ありがとうございます」
オースティン様の言葉が優しさ故のものだとわかっているからより自分が情けなくなってしまった。
「クロエさん、先程の誘いなのですがーー」
「ご一緒してもよろしいですか?」
「……も、もちろんです!」
「良かった。よろしくお願いします」
オースティン様はほんの少し驚きなからも、すぐに頷いてくれた。
本当は断るつもりだった。
自分が場違いなのだろうという気がしていたから。けれども、それは断る理由にならない。少なくとも、オースティン様は納得しないだろう。
それに、ミンター男爵令嬢を見て他の方と行かれるのが嫌だと思ってしまったのだ。
だからとっさに、誘いへの答えを変えることになった。
「すみません。断られるかと思っていたので動揺してしまいました」
「あ……色々と不安があったのですが、オースティン様と一緒に過ごしたいと思って」
「……!」
これは本心だった。
私の中で、間違いなくオースティン様がただの友人ではなくなってきていた。
「私もクロエさんと過ごしたいです」
「……ありがとうございます」
今までは何気ない言葉だと思っていたけど、今は胸によく響いている。
オースティン様の言葉に、私の胸はときめいていたのだった。
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