第三話・写真

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「まぁ、少々ぶっ飛んだ面もあるようだが、見ている分には礼儀正しいし、悪者ではなさそうだな…。で、どういった関係なんだ」 「だから、お友達よ。それ以上も以下もないよ」  ここまで話しておいてまた振り出しに戻るのかと、三鈴が更にげんなりとしている所に。響き渡るは女の甲高い声。 「あんた、もうそこまでにしなっ」  母が部屋に押し掛けてきた。店が混んできたから早く来いと、父を引っ張ってゆく。 ああ、お母ちゃんありがとう、と一人部屋に残された三鈴は、おもむろに目の前の写真を手に取る。 「お友達以上も以下もない、か。この前初めて口を重ねてしまったけど…やっぱりその位の仲でいなくちゃ駄目だよね」  今までの様に共に遊んでいる分には良いが、立場が違いすぎて将来を考えられる人ではない。三鈴もそれを理解はしているつもりだ。  しかし、やはり虚しかった。 「あたしはあの人との交際は賛成だけどね。何やかんやで三鈴も年頃だし、玉の輿にでも乗ってくれればいいわ」 「簡単に言うんじゃねえ。あちら様は日本で言う、華族か上級士族の身分だぞ。おまけに言葉や風習に壁があると来ちゃあ、お先が真っ暗だ」 「じゃあ何だって異国に住もうと思ったんだか。じゃ、阿波野さんは?たまに見回りに来るあの軍人さんも、年も離れ過ぎてなくて良いじゃないの?」 「まぁ、あいつは下っぱの士族出身だし、わしら平民とほぼ変わらん暮らしぶりのようだが、いささかチャラチャラして見えるのがなぁ」 「ああ、この際誰でも良いから、さっさとあの子をもらってくれる人はいないかしら」 「……」 「私も…いい加減にいらいらするのよ…」  客もいなくなり、一段落ついたところに父母の間でこのような会話がなされたが、最後の母の声は小さかったためか、父には聞こえていないようだった。  その代わり、たまたま近くを巡回中に、思わず立ち聞きをしてしまった阿波野には一連の会話が丸聞こえであった。 「下っぱ…チャラチャラ…。呼んだ?」 「して郡守様、本日はどのようなお悩みで」  様々な草木が生い茂る、高台に位置する一軒の古びた家屋。それにやや不釣り合いな、様々な装飾が成されている中の小部屋にて、二人の中年の男と老婆が向かい合う。 「ああ、息子の件で参った。先日部屋でこれを見つけてな」  郡守と呼ばれた男、まさにギョヌの父である。一枚の写真を差し出す。件の二人が写るそれである。  たまたま用件があり、ギョヌの住む別宅を訪ねた際に、彼の机に『脱亜論』と書かれた文書をはじめとする、複数の日本語で書かれた本や、仮名の練習の跡。 そして。本の間に挟まれていた写真。見慣れた姿の息子の隣に佇む、和服の娘に驚きを隠せず。  最早敵国と言えよう倭国の者と何故接点があるのか、今後の息子の行く末に不安がつのる。故に彼に悪いが留守中にこっそり持ち出してきたので、霊視で何か分かることがあれば教えて欲しいと、昔から頼りとしてきたこの霊媒師の館を頼ってきたのである。 「なにゆえ直にご子息様にお聞きになられなかったのですか?」 「あやつは誰に似たのか、なかなか頑固で自分の心の内を明かさぬ。下手に問い詰めても余計に角が立つだけだからな。それに、妙な胸騒ぎがするのだ…」
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