桜と轍

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ーーーー ああ、良く寝た。私が目覚めるのは、一年に数ヶ月だけ。小さな芽吹きで目を覚まし、大きな花を咲かせて、人気のない丘の上、ひっそりと見下ろした町並みに落とし込んだ夢と共に、いつか眠る。その繰り返し。 そんな私にも楽しみがあった。私が花を咲かせると同時に聞こえるその声に、今年も心が踊るわ。 「今年は咲くのが遅かったなぁ」 「でも、無事に咲いて良かったわね」 そうやって、毎年のように私を見上げてくれるこのご夫婦。 ここ数年で変化があったと言えば、もう1人、その恒例行事に参加者が増えた事ね。 「パパ! ママ! お弁当食べよう!」 お二人の子供、大夢(ひろむ)君。ついこの前まで、お母さんに抱かれた小さな蕾だったのに、もう、こんなにも大きくなったんだね。 お父さんが広げた大きなシートに、お母さんの手作りであろう、色とりどりのお弁当、それを幸せそうに頬張る大夢君の姿に、私の心も春色で満たされていくのを感じるの。 「ここはな。ママとパパの大切な場所なんだよ」 お母さんが大夢君の頭を優しく撫でて、そう微笑むものだから、私は嬉しくなって、ひらひらと花びらを数枚落としてあげたの。 そうしたら、「綺麗ね」とまた笑ってくれるものだから、私の今年の目覚めは、大層、上出来だと言えるわね。 「ねぇ!ねぇ! パパ! ママ! 来年も、また次も、その次も、お弁当食べようね!」 そんな大夢君の大輪に咲かせた花が、今年のハイライト。また、来年。会えるときが楽しみだね。 そうして、また私は眠りについたの。
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