桜と轍

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ーーー 10年後。 ここ数年続いていた春の集いの中で、ひとつだけ気がかりだった事があるの。 それは、お母さんの姿だけ無かった事。 人間の一生は短い。考えればわかる事だけど、私は信じたくなかった。 それでも、この季節は、私の意志と関係なく訪れるの。 そして、今年もまた。 あれ? こんな曇天の中、あれは大夢君ね。でも、いつもと様子が違う。服装も黒い一色で、この空を落とし込んだみたいだわ。 「今年も。綺麗に咲いたよ。親父。おふくろ」 そう一言だけ。その一言だけでも、震えた声色と、お父さん似の瞳から溢れた、この空よりも早い雨から、充分に伝わったわ。 そうなの。お父さんも、お母さんも。寂しく震える背中と、声をあげ、嗚咽混じりのその悲痛に、久しぶりに子供の姿を見た気がしたわ。 だから、これは手向けよ。空の上のお父さんとお母さん、そして、その宝物へ向けた。 私は、少し早い眠りにも構わずに、目一杯に花を散らせた。
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