手招き

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 いや、行かないよ。  そんなふうに手招きをしても、そっちには行かないよ。  川の向こうで俺を手招く大勢の人。みんな笑顔で俺を手招く。  これが何という名前の川なのかは判ってる。そして俺は、この川を渡るしかない…あの世へ行くしかない状況だということも。  少し前に俺は死んだ。それは覆しようのない事実だ。だから、ここからの生還なんて考えてない。  それでも、君達の方へは行かないよ。  川の下流の方に立つ人達。自分達と同じ所へ来いと、誰彼構わず手招きする。  でも俺が向かうのはそっちじゃない。上流側だ。  そっちには誰もいないけれど、死んだ後に行きたいのは誰もがそっちだから、わざわざ迎えに来ないだけ。  手招く人達に背を向け、上流へと歩き出す。初めて来た所だけれど、もう少し明るい所まで進んだら船が来て、それで対岸へ渡ると判るんだ。  背中に感じる恨めしそうな視線。それ送る人達を決して振り向かず、俺は極楽へ向かうために上流を目指した。 手招き…完
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