2.同じ

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 地球は回り、太陽は輝く。  それが数々の奇跡の積み重ねによって成り立っていることを、末端ながらも研究者であるところの萌はちゃんとわかっていた。事実、萌が所属するラボで開発中の、不良土壌でも永続的に収穫が可能な改良穀物、セルドだって数多の偶然によって実用化の道が開けたのだ。長大な時間をかけた実験とデータ照合による努力も成功の裏には確かにあるが、奇跡、というものがときに道を照らす光になることだって現実にある。  だから……地球をかすめて飛んできた彗星の影響で公転軌道が乱され、あと一年の後には太陽光を得られなくなる程遠くの軌道をこの星が歩むようになる未来だって、まったくあり得ない話ではなかったのだ。  わかっていても……萌にはまだ実感が持てずにいる。 「地底のさ、開発、進んでるみたい。太陽を感じられるのもあと二か月、かな」  はらはらと散りゆく桜を眺めながら缶コーヒーを片手に、淡々とした声で言う彼もまた、そうなのかもしれない。  萌や学のように、これから始まる地底での生活を支える知識を有する研究者は、政府によって開発が進んでいる地底シェルターへの避難が約束されている。  それ以外の人間には……地球に起こった異変を知らされてすらいない。  だから萌の父も母も、萌よりも母に愛され、蝶よ花よと優遇され続けてきた妹も……やがては消える。  この桜と同じように。 「どうして、同伴者申請書、捨てたの」  問うと、学はくすっと肩を震わせた。 「それは君もでしょう。なんで捨てたの」 「……私には、連れて行きたい人がいなかったから。でも千川くんにはいたでしょ」 「君はさ、あの申請書、あまりにも非人道的だと思わなかった? 同伴者は血縁者を除き一名までって」 「非人道的?」 「ようするに血縁者なんていてほしくないってことだろ。この先、地上の生物はすべて死に絶える。生き残るのは地底に住む者だけ。数少ない人間が生きる場所において、正常な交配を経て人間を絶滅させないためには、血の繋がりは邪魔ってことをあの申請書は言ってる」  感情の滲まない淡々とした声音が背筋を冷やす。唇を噛むと、萌の横でふっと学が息を吐いた。 「良かった。君は俺と同じ感覚でいてくれて」
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