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4.なんで
泣きぬれた声で言うと、ふっと学が息を呑むのがわかった。無言の彼の腕をそっと萌は掴む。
「そうしたら……お母さん、助かる。大丈夫、データ差し換えちゃえばきっと……」
「……どうして星加さんがそんなことをしてくれようとするの」
どうして?
萌は自分の胸の中を探る。ああ、確かに理由なんてない。あるとしたら歪んだ対抗心だ。
「私は、誰も助けられない。妹は全力で私を守ろうとしたのに私はあの子を守れない。あの子が大好きな両親のことだって救えない。それが悔しいだけ」
でももしも、彼の母親にIDをあげられたら。自分は少しだけましになるのではないのか。勝てなかった日葵にも……近づけるのではないか。
世界の終わりになってもこんなことを考えてしまう自分は本当にどうしようもなく小さい。小さすぎて悔しくて……そして哀しい。
なぜ、生き残るよう言われた人間が自分なのか。
消えてなくなるべきは、自分なのに。
暗い確信を抱いたときだった。ふっと長い腕によって頭を抱き寄せられた。
「俺もね、桜、嫌いなんだ」
自分を包む腕を振り払おうとした萌の耳に声が滑り込み、萌は動きを止める。
ざわり、とまた桜が泣いた。
「花が咲くのは種を残すためだ。種を残すことさえできれば、花弁に意味はないと言わんばかりに花は散っていく。でも……意味がなければ咲いていてはいけないのか? 不要なものは消えていかなければならないのか? 不要か不要じゃないかなんて誰が決めるんだ? いいや、そもそも……なんで、生き物は死ぬんだ?」
一息にそう言う学の腕の力が強くなる。
「桜見てるとさ、そういう普段考えなくてもいいことを考えさせられる。だから、嫌い」
なんで、生き物は死ぬんだ。
絞り出したような声に胸の奥が引きつれた。
どうしてこんなことになったのだろう。
散っていく桜を自分達はどうして咲かせ続けることができないのだろう。
どうして自分達だけが咲き続けるのか。
ざあああっと風が吹く。ちぎれた花弁を浴び、学は萌の肩を抱く。
震える彼の体を萌は気が付いたら抱きしめていた。
はらはらり。
花弁が降る。
白桜に霞む景色とむせび泣く肩。
それは、眩しくも儚い花見の記憶として、萌の中に降り積もり続けた。
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