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白熱(残酷描写有)
集合場所となっている広場へ駆けつけると、既に大勢の騎士たちが集まっていた。フラエが集団に加わると、「フラエ」とディールが声をかけてくる。そして赤く腫れた目元にはっと息をのむが、フラエは首を横に振った。今、彼の優しさを受け取っている余裕はない。
周りの様子を窺う。騎士たちには、不安げな雰囲気が漂っていた。やがてグノシスが到着し、魔力灯の白い光が彼を照らす。
彼は虹色に光を反射する銀の鎧を身にまとい、腰には王家に代々伝わると言う宝剣を刷いていた。代々の勇者が身にまとってきたという具足はグノシスを主と認めたかのように、彼の容貌を凛々しく引き立てていた。その様子は、彼の勇者という役割に、これ以上ない説得力をもたらしていた。
その威風堂々とした振る舞いに視線と注目が集まり、場はしんと静まり返る。彼はその注目をものともせず、声を張る。
「王都西南部での魔境形成が急激に進み、今すぐにでもダンジョン化しようとしている。緊急事態発生にあたって、これから我々は現場へ向かい、その攻略を行う」
不思議と、誰もグノシスから目をそらせなかった。声に聴き入っていた。彼の声は空気を震わせ、騎士たちの視線を、心を掌握する。
「我々は騎士である。王都を守る剣であり、盾である。今回が危険な任務であることは疑いようがない。しかし――」
一際高らかに、彼は言う。彼は拳を握り、高く突き上げた。その力強い握りこぶしには魔力灯の光が降り、彼の金髪が燦燦と輝く。
「巨大ダンジョンが、竜が何するものぞ。貴様ら全員、俺が守ってやる」
瞬間、不思議な高揚感と緊張感が騎士たちの間に満ちた。怒声のような鬨の声が辺りを揺るがし、フラエの肌をビリビリと焦がす。彼にこんな魔力があるなんて、知らなかった。半ば茫然とするフラエの背中を、ディールが支える。
「大丈夫だよ、フラエ。君は僕が守る」
フラエはぎこちなく、その言葉に頷いた。よろしく、と呟くと、彼はこんな状況でも、蕩けるように笑った。
騎士団一行は、ダンジョンへと赴くことになる。山中を行けば、人の気配や彼らが掲げる魔力灯で動物たちが逃げ出す気配がした。遠くに赤く輝く光が見える。あれが火属性のダンジョンだろう。
山道を登り切り、台地へと出る。洞窟の中は煌々と光り、むせかえるような熱気を放っていた。騎士たちは次々魔術詠唱を始め、火属性の者以外は皆、気温調整用の魔道具を起動させる。
「フラエ」
ディールがフラエに魔力調整を行う。少し肌を撫でる空気の温度が下がった。ありがとう、と礼を言えば、彼は花のように微笑む。
騎士たちは隊列を組み、グノシスとフラエ、ディールは先遣隊のすぐ後ろにつく。グノシスはフラエの顔を一瞥して、「行くぞ」とだけ言い残して歩き出した。
頷いて、黙って彼に続く。つい昨日のいざこざを持ち出さない程度にはお互い割り切っていることに、正直安心した。ディールは気遣うようにフラエの肩を叩き、フラエはそれに応じることができずに、少し俯いた。
洞窟の中に踏み込んだ瞬間、踊るように火の塊が襲い掛かってきた。それは炎をまとった狼の姿をしており、「炎狼だ!」と誰かが叫ぶ。
騎士たちは次々剣を抜き、応戦する。騎士たちは狼に切りかかり、グノシスたちは彼らを盾にしながら進み続ける。炎を纏った獣や植物が次々襲い掛かり、飛び交う火の塊で洞窟内が目もくらむような明るさに満ちる。
フラエも剣を抜き、騎士に飛びかかろうとした炎狼の頸部に切っ先を突き刺した。動きの止まった狼はフラエに歯を向こうとするが、それはディールの力強い一閃によって首を落とされる。
「あ、りがとうございます」
フラエとディールに助けられた騎士は、ぎこちなく二人に礼を言った。身体はディールの方に向いているが、フラエの方にも視線を向けている。
「これくらいでしか、役に立てませんから」
そう言って、フラエはまた交戦中の騎士の援護に向かう。ディールもそれに続き、「フラエ、前に出すぎだ」と窘めた。
「君は今回、戦闘要員じゃない」
「だけど、僕に護衛をつける余裕なんて、そうないだろう」
そう言い返すと、「僕がそうなんだよ」とディールは窘めるように言った。
「僕が君を守るんだ」
フラエはその言葉に気まずくなって、「そうだけど」と口ごもる。彼の言う通り、自分はディールに守られている。だけど、フラエは守られたくないのだ。守る側になって、皆の役に立ちたくて。
「フラエ、落ち着いて」
ディールの優しい声に、走る速度を上げる。騎士を絡め捕ろうとしたツタを渾身の力で両断し、核となっている魔石に剣を突き立てた。ぼろぼろと崩れていくツタを視界の端に収めながら、フラエはディールを見つめた。彼は「フラエ」と困ったように名前を呼んでいる。
「……分かったよ」
フラエは大人しく、ディールの傍へと寄っていった。彼はほっとしたように息を吐く。
「殿下たちはもう少し、先に行ったみたいだ。僕たちも行こう」
その言葉に、自分がグノシスたちから離れて暴走していたことを悟った。羞恥で頬が火照り、「ごめん」と謝罪が口を突く。
「大丈夫だよ」
ディールはあくまで優しく言って、フラエに「行こう」と促した。フラエも頷き、ダンジョンの奥へと走り出す。
グノシスのきんいろの髪は、ダンジョン内でも光を反射してよく目立った。彼らに追いつくと、彼はフラエを一瞥する。
「突っ走っているな」
図星だった。顔を顰めると、彼はそのまま視線を逸らす。
「ダンジョンの最深部までは、あとどの程度でしょうか」
ディールが尋ねると、側近が「それほど遠くはないだろう」と答える。フラエは、肌にひりひりとしたものを感じた。皆気色ばんでいるのだろう、表情が固い。グノシスだけはいつも通り堂々と構えており、モンスターへの対応も平静そのものだった。
最深部に近づくにつれ、だんだんと辺りの明るさが増してきた。きっと気温も上がっているのだろう。襲い掛かる獣たちは白く輝き、一種神々しさを纏ってすらいた。フラエの分も気温調整を請け負っているディールは「すごいな」と呟く。
「ものすごい高温だ」
「大丈夫?」
フラエが尋ねると、ディールは「大丈夫」と微笑んでみせる。しかし彼の額には汗が滲んでいた。彼に負担をかけてもらって、守られているフラエは、何も言えなくなってしまう。それに、彼の好意をいいように使っているような、罪悪感。
「……ありがとう」
小さく囁く。どういたしまして、と彼は微笑む。グノシスは無表情に前を見つめており、二人を見ることはない。フラエは彼の背中を見つめた。彼の広い背中は黙々と進み続けている。
その足取りが、やがてぴたりと止まった。大きな空洞に出たのだ。
そこは白い光で満ちていた。溶岩で満ちていた地面は白く均されており、その白亜の情景は異様ですらある。祈りの場のような静謐で清潔な、静かな空気。
そして真っ白な空間の中心に、紅い、巨大な爬虫類がいた。一目でそれが竜であると、その場にいる全員が理解した。
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