実験成功

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「こうして私は、自身が開発した技術による女性器の作成、及びそれによる妊娠から経腟分娩に至るまでに成功しました。以上を持ちまして、私の発表を終わらせていただきます。ご清聴、誠に感謝いたします」  フラエの出産から二か月後。王の御前で開かれる研究発表会に、フラエは臨んでいた。  いつにも増してきっちり髪を結い上げ、礼服を着込んでいた。自らが出産した種子を発芽させた鉢を持ち、誇らしげに胸を張る。  発表会の観客席には廷臣たちが居並び、厳粛な雰囲気の中執り行われている。それにしても、周りの空気は、重苦しく冷え込んでいた。国の重鎮である大臣たちは頭を抱え、一部失神寸前の者たちは水を煽って正気に戻ろうとしている。王妃などは、ほとんど失神しているようで、肘かけに体重を預けてくったりしていた。  玉座に座った王は無表情を取り繕っていたが、動揺しているようでひじ掛けに人差し指を打ち付けている。その後ろに控える五人の王子たちは無表情の者、動揺の表情を浮かべる者など、反応は様々だった。さすがのフラエもこれは様子がおかしい、と動揺してしまった。視線をキョトキョトとさ迷わせる。 「…………皆様、質問はございますか」  由緒正しい公爵家の次男に生まれ、散々やらかした末に実質的な勘当を食らっても平然としていたフラエだが、ここまで反応が冷たいと怖くなる。おろおろとしていると、所属している研究所の所長であるエイラと目が合った。助けを求めるように目に力を籠めると、彼は不承不承と言わんばかりに挙手する。 「リンカー研究員」 「はい! エイラ卿」  元気よく声を上げると、もう高年に差し掛かりつつある彼は、薄くなりかけたロマンスグレーの髪を後ろへ撫でつけた。そして眼鏡をかけ直し、「私は、君の研究の持つ進歩性を評価せざるを得ない、と考えている」と重々しく言う。  フラエの目が、少し潤んだ。彼は最後まで「君の身分を考えろ、身体を大事にしろ」と計画に反対していたが、結果を出せばきちんと評価してくれる。それに加えて平民出身でありながら所長まで上り詰め、爵位を授与された彼は、実のところフラエの憧れだった。 「……既存技術を抜本的に見直し、本来持ちえない臓器の生成にまで発展させた点は非常に興味深い。これは人体の持つ火・地・水・風、全属性の魔力に指向性を与え、再生させる医療研究の一助にも繋がる発見であり」  野太い声がそれを遮る。 「違うだろう!」  大臣のひとりが声を荒げ、彼は太い指でフラエを指さす。彼は国王の御前であるにも関わらず礼儀作法を忘れているのか、粗野な口調で言い放つ。 「なんだそこのイカれた男は!」 さすがのフラエもム、と顔をしかめ、反論のために口を開く。 「私は技術の発展のために、この研究を行いました。ひいてはこの国の発展のために……」 「君に倫理観はないのか!」  はて……と首を傾げる。何か、国や彼らに迷惑をかけることを行っただろうか。 「天から与えられた大事な身体に勝手に改造を加え、あまつさえ新しい命を生み出すなど!」  何か問題があるのかなぁ、とフラエは思った。振り返れば、発表のために控えている他の研究員たちの目はだいたい泳いでいた。唯一真っすぐ大臣を見据えていたのは、フラエの研究所の同期で、異世界転生者のミスミだ。彼はすっと手を挙げ、発言の許可を求める。国王は彼を見据え、頷いた。ミスミはしなやかに礼を取り、胸を張って口を開く。 「発言の機会を賜り、感謝いたします」  そしてフラエへ親しみを込めた苦笑を浮かべ、「大前提として、彼、ひいては我々王立グラナ研究所職員は、真摯に研究へ取り組んでいます」と述べる。そして、と続ける。 「リンカーの研究が、現在倫理上において非常に危ういものであるということは、もちろん我々も認識しております」 「ミスミ……」  目を細めるフラエに、彼は口の動きだけで「ごめんな」と言う。そして謁見室をぐるりと見渡し、「ですが、今こそ議論を重ねるときなのではないでしょうか」と続けた。 「これまでできなかったことができるようになれば、当然のように新たな問題が浮上します。実際、人体再生術をエイラ卿が開発した頃にも、大きな議論が起こったと、私は聞き及んでおります」  そう言って、エイラの方へと向き直る。エイラはミスミに頷き返した。 「しかし卿が開発した再生術は現在広く用いられ、大怪我を負った者の生存率を大きく上昇させることとなりました」  そう滔々と述べ、ミスミは国王に向き直る。フラエを示すように手を広げた。 「リンカーが開発した技術も、必ずまた何かの役に立つでしょう。実際、婚姻後に子どもを設けられず、離縁にまで至る夫婦も多いのです。彼の今回の研究は、そうした悲劇を間違いなく減らしてくれるでしょう」 「しかしだね、」  大臣が反論しようとした瞬間、これまで沈黙を守り続けていた王子たちの中からひとり、歩み出る者がいた。第三王子グノシスは勇者もかくやという堂々たる振る舞いで歩き出し、王にもその歩みを止められなかった。  金色の髪がシャンデリアの光を浴びて、華やかに光っていた。彼はゆっくり、玉座から伸びる階段を降りる。その硬い靴底が立てる足音に、全員が圧倒された。彼の長く逞しい脚は力強く絨毯を踏みしめ、一歩一歩近づいてくる。  フラエの前に立てば、頭一つ分以上違う身長差と身体の分厚さの違いに、一瞬怯んでしまった。咄嗟に跪こうと鉢を床に置いたフラエの右手を王子が取る。彼は「いい」と囁き、そのまま、手の甲に唇を落とした。 「…………」  黙って、左手を挙げる。国王に向かって発言の許可を求めるフラエに、グノシスは花のような笑みを浮かべてこう言った。 「君は子どもを産める身体になったんだな?」  黙って挙手を続ける。じっと国王を見据えると、「リンカー」と彼は頷いた。フラエは「発言の機会を賜り、感謝いたします」と礼を述べる。グノシスはその間もじっと、彼を見つめていた。その熱い視線に戸惑いつつも、返答のために居住まいを正した。 「理論上は、そうなります。ただし、今回実験に使用した検体が異種族を孕ませることが可能なハラマ……変異したヌメリツタの精液であるため、ヒトの嬰児を無事に生むことができるかどうかは、これからの課題として」 「なら、私と一緒に試すというのは?」  何を言っているんだ。フラエは信じられないものを見る目で王子を見上げた。あんぐりと口を開けたフラエに、グノシスが顔を近づける。 「学生の頃から、君が欲しかった」  何を言っているんだ。胡乱な目つきになるフラエに構わず、グノシスはフラエの手を掲げる。この場にいる全員が呆気に取られ、同時に、この美しい男に目を奪われていた。彼は幸福の絶頂にいると言わんばかりに輝かしい笑みを浮かべて、高い天井まで届く朗々とした声で宣言する。 「私、グノシス=サテュロス・クアルトゥスは、今この時をもって、フラエ=リンカーへ求婚の意を表明する」  この男の前では照明も忖度するようで、急に天井の明かりが目に痛くなってきた。彼は甘ったるい視線を向けて、愛おしいと言わんばかりにフラエの頬を撫でる。 「フラエ。俺の生涯の伴侶はお前しかいないと、ずっと……」  さすがのフラエも、この急展開についていけない。くらくらする。急な強い立ち眩みに襲われて、床へ崩れ落ちそうになる。かくん、と力が抜けたフラエの身体を、グノシスが腰をしっかり掴んで支えた。彼は手が大きいので、フラエの細い腰の片方の骨盤を、片手ですっぽり覆ってしまう。 「フラエ。もちろん、受けてくれるよな?」  彼はその精悍で、男らしく、それでいて優美な顔立ちに華やかな笑みを浮かべていた。そうだ、こういう都合のよさがいけ好かなかったんだ。中等学校から九年間を同じ学び舎で過ごし、嫌というほど彼の我儘に付き合わされ、どれだけ突き放そうとしてもしつこくまとわりついてきた男。そのくせ卒業式で、フラエの恋心を拒絶した男!  どう断ればできるだけ角を立てずに済むか必死に考えてみたが、二か月前の出産のダメージを回復しきれていない身体の方が先に限界を迎えた。視界がブラックアウトするフラエが最後に認識したのは、こちらを同情するように見ている同僚たちの顔だった。
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