一話

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一話

 わたくしはどこに向かうのだろう。  それを思いながら瞼を閉じる。ゆっくりと体は冷たい海の中に沈みいく。青く揺らめく光が目に優しい。 わたくしはごぼりと息を吐き出した。遠くで懐かしいかの方の声が蘇る。 『夢乃。お前は俺を忘れてくれ』 冷たい身を切り裂かれるような言葉に心は壊れてしまいそうだった。わたくしはいつだってあなたを忘れた事がなかったわ。 わたくしの夢乃という名を紡ぐ時のかの方は切なげにそれでいて愛おしげに呼んだ。その低い声が未だに脳裏に浮かんで。海底には水底の宮があるらしい。 そこにたどり着くのだろうか。それをぼんやりと思いながらわたくしは意識を失った。 「…ゆ、夢乃」 どこか遠くからかの方ー遮那王様の声が聞こえた。遮那王様は確かわたくしとはもう終わったんじゃなかったのか。なのに頬を優しく叩かれる。重たい瞼を何とか押し開けた。 「ん。こ、こは…」 自分の喉から出た声は驚くほど弱々しく掠れていた。開けた視界には切れ長の涼しげな黒曜石のごとくの瞳、すっと通った鼻筋に酷薄といっていい唇の秀麗な顔立ちの青年の顔が近くにある。黒い艶やかな髪を高い位置で一纏めにして薄い水色の下襲に白い水干を身に纏っていた。 この青年は確かにわたくしの恋人であった遮那王様だ。懐かしさに涙がほろりと出てしまった。 「どうした。夢乃?!」 遮那王様は泣いてしまうわたくしを見て慌てた。おろおろとし出すこの方は変わっていない。 「…何でもありません。ただ、わたくしは海に身を投げたはずなのですけど」 「俺が船の上でお前を見つけた。すぐに海に飛び込んで引き上げたんだ。水面に見覚えのある唐紅の衣が浮かんでいたから確かめてみれば。お前だとわかったから無我夢中で海に入ったんだぞ」 遮那王様はまったく生きた心地がしなかったと言いながらわたくしの額に触れた。大きな骨ばった手がひやりとしていて気持ちよく感じる。 「ん。熱が上がってきたな。何か飲むか?」 「はい。水を飲みたいです」 「わかった。すぐに汲んでくる。待ってろ」 遮那王様は立ち上がると部屋を出ていく。わたくしはきょろきょろと辺りを目だけで確認する。 明るく障子から日の光が差し込んでいた。眩しさに目を細めた。どうも今はお昼らしい。 確かわたくし、遮那王様との恋が駄目になったと悲しくなって崖から海に入水したのではなかったか。凄い勢いで体は宙に投げ出されて。ざばんと大きな音を立てて海に飛び込んでしまった。そうして、不思議と全身に痛みを感じなかった。ただ、息苦しいだけで。 あの時は夕暮れ時で真っ赤に燃えるような夕日が妙に記憶に残っている。そこまでを思い出すとずきりと頭が痛む。 ふうと息をついた。ふとがらりと障子の戸が開かれる音が聞こえた。静かに入ってきたのは遮那王様らしい。 彼はわたくしの枕元の近くに座ると水の入った木の椀を床に置く。わたくしの上半身を背中に手を添えて起き上がらせてくれた。だが、くらくらと眩暈がして額に手を当ててしまう。 「ああ、やはり。医師が溺れていたせいで今夜は熱が出るだろうと言っていた。腕や足などにも打ち身や切り傷が無数にできている。手当てはして薬を塗り込んでおいたが。化膿止めと痛み止め、解熱の薬をもらっている。後で飲むといい」 「何から何まですみません」 「かまわん。後、お前がいるのは俺の邸だ。四条大宮に面する。夢乃、お前は昨日の夜から半日は意識がなかった。今は昼の正午を過ぎたくらいだな」 遮那王様はわたくしの背中をさすると木の椀を手に取って持たせた。震える両手で木の椀を握りしめる。 口元に持って行ってこくりと冷たい水を飲み込んだ。甘く喉を潤してくれる。わたくしは木の椀一杯の水を全部飲んでしまう。 木の椀を膝の上に戻すとふうとまた息をついた。遮那王様はわたくしの手から椀を取り上げた。 「今から汁粥を持ってくる。食べるといい。ちょっと横になれ」 大きな手を添えられながらまた、褥に横になる。今は春先であるがわたくしの体は熱を纏っていて暑苦しいほどだ。ゆっくりと横になる。枕は固いが掛けられた寝具は軽くて暖かい。 「じゃあ、少し眠れ」 耳元で囁かれた。わたくしは小さく頷く。瞼を閉じると深い眠りに落ちていったのだったー。 少し経ってから遮那王様に起こされた。また、手伝われながら上半身を起こした。 盆にはほかほかと湯気を上げる汁粥と土鍋がある。遮那王様の手には薬包がいくつか握られていた。 木の椀に入った汁粥と木匙を手渡されて受け取る。早速、木匙で掬いながら汁粥を口に運んだ。 ほんのりとした塩味と甘みが口内に広がる。正直言って美味しい。 「…美味しいです。これ、台盤所の者が作ったんですか」 「いや。この邸には俺と従者と警護の者、女房しかいない。合わせても七人程だ」 「じゃあ、この汁粥は誰が…」 遮那王様は気まずそうに目線を逸らした。わたくしはもしやと思い、遮那王様をまじまじと見た。 「もしや、遮那王様が?」 「そうだ。女房には邸の維持に必要な事や衣装で一人では着るのが難しい時に言うくらいでな。普段は身の回りの事は自分でやっている」 「そうなのですか。けど、助けていただいて何ですけど。わたくしの事は捨て置いてくださいまし。あなたにふさわしくないのは重々分かっています。ですから、体調が回復したらここをすぐに出て行きますので」 「…夢乃?」 「お願いします」 わたくしは深々と頭を下げた。汁粥にゆらゆらと自分の影が映りこんだ。遮那王様は答えない。 どうしたのだろうと頭を上げると眉を寄せて不満げにした遮那王様がいる。 「何故、お前は捨て置けなどという。俺の気も知らないで」 「ですけど。わたくしは遮那王様と比べるとしがない下級貴族の娘ですし。容貌も頭も平凡です」 「夢乃。今はお前は病身だ。何も考えずに回復する事に集中しろ。汁粥は食べておけ」 ふうと遮那王様はため息をつく。仕方なく、わたくしは汁粥を食べるのを再開した。しばし、無言でいた。 汁粥を食べると苦い粉薬を飲まされた。まずは化膿止めで次に痛み止めだ。どちらも非常に苦くて水を二杯ほどがぶがぶと飲んでしまう。 わたくしが薬を飲んでしまうと遮那王様はこう言った。 「念のために解熱の薬も飲んでおけ」 紙の小さな包みを開くと遮那王様は口を開けるように言う。わたくしはいわれた通りにする。慣れた手つきでさらさらと粉薬が舌の上に乗る。先ほどのよりも苦い。それでも口を閉じる。木の椀を手渡されて水をぐいと飲み込んだ。うまく解熱の薬も一緒に飲み込む。 それらが終わるとまた、横になった。遮那王様はよくできましたと言わんばかりに頭を撫でる。ゆるゆると眠気がやってきて意識を手放した。 あれから、一月が経ち、わたくしは起き上がって邸の細々とした事できるくらいには回復していた。わたくしは起き上がり自分で歩けるようになると遮那王様に頼み込んだ。 『わたくし、助けていただいたお礼に何でもします。ですから、用があればお呼びつけくださいませ!』 そう言うと遮那王様は困ったらしくがしがしと長い黒髪を混ぜた。『ふう。わかったよ。夢乃、お前に身の回りの事をやってもらう。ただし、力仕事や掃除は他の者に任せること。衣の支度や管理、細々とした事をやってくれ。無理は絶対にするなよ?』 遮那王様はそう言ってため息をついた。わたくしは力強く頷いたのだった。 今日も遮那王様のお部屋で繕い物をする。剣術の稽古や馬術などに忙しい彼は今はいない。 水干の裾が破れていたのでそれを直していた。ちくちくと針を進める。遮那王様は一日に一度は元恋人のわたくしの様子を見に来た。そのたびに「大丈夫か?」と尋ねてくる。ここ、成和国の都は海辺から少し奥まった所にあった。遮那王様は都の幕府ー兄君様の護衛として仕えている。わたくしは下級貴族の生まれとはいえ、白拍子ー遊女に身を落としていた。本名は夢乃でなく静子といった。いずれは遮那王様にも教えたいなと思っている。 わたくしは遮那王様の凛々しい眼差しを思い浮かべながら一針ずつ進めたのだった。 夜になり、遮那王様が帰ってきた。自室にてそれを他の女房から聞いた。わたくしは頷いて礼を言う。 「ありがとうございます。わざわざすみません」 「いいのよ。夢乃ちゃんも若様を出迎えたいでしょ。今から行ってきなさいな」 わたくしをちゃん付けで呼ぶのは四条大宮の邸で働く女房の一人、名を近江といった。近江はわたくしよりも三つほど上で二十二歳くらいらしい。わたくしは十八歳だが。 「な、何を言うんですか。遮那王様はあくまでも主人ですよ」 「ふふ。夢乃ちゃん、ばれてないとでも思ってたの。あなたが若様と恋人なのは私や他の女房たちは知っているわよ?」 「え。本当ですか?」 近江はええと頷いた。 「本当よ。夢乃ちゃんの舞と歌は素晴らしいと評判だわ。若様もそれに惹かれてあなたをこちらに住まわせたのだから」 わたくしの頬が熱くなる。恥ずかしくてたまらない。歌や舞は必要だから身に付けただけなのに。 「近江さん。あの、若様にはわたくし、恋人ではないと申し上げたんです。だから、今はただの主と女房なだけの関係で。助けていただいたご恩は返すつもりなんです」 「…夢乃ちゃん」 「だから、色恋に絡めるのはやめてください。わたくし、もう若様の事は好きではありませんから」 「ふう。わかったわ。悪かったわね夢乃ちゃん」 いえと言いながらわたくしは頭を下げたのだった。 翌日の昼に遮那王様のお部屋に呼ばれた。廊下に控えていたが中に入る。 「いかがしました。若様?」 「夢乃。俺の事は名で呼べと言ったろう。それより話がある。そちらに座れ」 遮那王様はわたくしに円座(わろうだ)を手で示した。言われた通りに座った。 「で、お話とは何ですか?」 「…お前、近江から聞いたぞ。俺の事は恋人でないと言ったらしいな」 遮那王様はきっと睨み付けてきた。何故、睨まれるのかわからない。わたくしは首を傾げた。 「それがどうかしましたか」 「どうかしましたかじゃない。俺とお前はいつ別れた事になっている。何故、入水などしたんだ!」 遮那王様は最後には大声で怒鳴り付けた。だんっと床を手で鳴らす。 わたくしは音の大きさにびくついてしまう。 「遮那王様?」 「勝手に別れを告げて姿を眩(くら)まして。挙げ句の果てに入水までした。こっちがどんな気持ちだったかお前にわかるか?」 「でも。あなたはわたくし以外の白拍子を召されていたではありませんか。しかも、わたくしの姉と慕う人を。祇英御前はわたくしよりも美しくて歌や舞も艶やかで繊細さがあります。きっと遮那王様はそういう所を気に入られたのだろうと思っていました」 「…だから思い余って入水したのか?」 「そうです」 わたくしが頷くと遮那王様はむすっと顔をしかめた。 「ふざけるな。夢乃、お前は勘違いをしている。祇英御前は俺の兄上に呼び出されてこちらに参上していただけだ。俺が召したわけじゃない。それに祇英御前に俺は手を出していないぞ」 「え。本当ですか?!」 「本当だ。祇英もお前と俺の仲は知っている。実はお前が入水したと知らせてくれたのも彼女だぞ。船を貸してくれたのもな。後で礼を言っておけ」 「…わかりました」 まったくと言いながら遮那王様はわたくしを引き寄せて抱き締めてきた。 「夢乃。今日は覚悟しておけよ」 耳元で引く囁かれた。わたくしの体がじんわりと熱を持ったのだった。 「ん。やあっ」 遮那王様の大きな手がわたくしの頬を撫ぜた。ぴくりと体が跳ねる。遮那王様の唇はわたくしの首筋を強く吸い上げていた。ちくりと痛みがして紅い華が咲いているだろう事は分かった。何度も同じ事をされる。 そのたびに体は跳ねた。遮那王様は吸い上げた所をぺろりと舐め上げる。二重の刺激に大きな嬌声が出てしまう。 「あっ。きゃあ!」 「…夢乃。いい声だ」 遮那王様はにやりと笑いながら言った。その顔や声は熱が篭っていて色気がだだ漏れだ。 わたくしはかあっと顔に熱が集まるのが分かった。遮那王様は無言でわたくしの袿を肩からぱさりと落とす。腰帯も解いてしまった。肌蹴た衣の隙間から手が入り込んでくる。 するりと内腿を撫でられた。びくんとまた反応してしまった。すぐに着ていた衣を全部剥ぎ取られた。 生まれたままの姿になる。遮那王様は鎖骨という骨が浮き出た辺りや胸の近くをくるりと円を描くように舐めた。そのまま、両手でほどほどにはあるわたくしの胸を柔柔と揉み始めた。また、唇に接吻をされる。 深いそれは全てを奪い尽くすようだ。舌で上顎の裏などをなぞられた。 「んん。ふうっ」 甘い鼻から抜けるような声が出た。久しぶりなので体がより敏感になっている。 先端を摘まれて先ほどよりも強い快感が背中を突き抜けていく。だが、声はくぐもったものしか出ない。 遮那王様は指の腹で先端をしごいたり、強弱をつけて揉んだりする。唇が不意に離された。つうと銀の糸が伝い、ぷつりと切れる。 遮那王様は着ていた水干の腰紐を解くとそれを脱いだ。さらに指貫や下襲なども脱いでいく。生まれたままの姿になると手で肩や脇の辺り、腕や脇腹、臍などを撫でていった。 ぴくぴくと反応してしまう。遮那王様はわたくしの腰の辺りも撫でると秘所にも手を伸ばした。 すっと割れ目をなぞられる。それだけでじゅんと蜜壺から溢れ出した。遮那王様はそれを花芽に塗り付ける。くるくると円を描くように擦られた。あまりの刺激に頭が真っ白に塗り替えられた。 遮那王様は顔を秘所に近づけるとちゅっと花芽に口付けをする。舌で割れ目を舐め上げた。指が蜜壺に挿し入れられた。わたくしのいい所ばかりを突かれてすぐに達してしまった。 「…ん。いい子だ」 遮那王様はそう言いながらも蜜壺と花芽への愛撫を忘れない。また、達してしまう。 何度目かわからなくなった頃に蜜壺の入り口に熱いものが押し当てられた。ぐっとそれが入り込んできた。 「…ん」 全部が入りきると遮那王様はゆっくりと動かす。それは最初は緩やかだったが深く激しいものに変わっていった。突き上げられるたびにあられもない嬌声が出た。 「…あっ、あっ!」 「…夢乃、夢乃!」 うなされたように遮那王様はわたくしの名を呼ぶ。わたくしは足を彼の腰に絡めてもっと奥に誘おうとしていた。 「…ん。わたくし、のことは。しずことお呼びくらさい!」 「え。夢乃?」 遮那王様は動きを止めた。わたくしはただ譫言のように言う。 「わたくしの名は。静子です」 「…そうか。分かった、静子」 遮那王様が囁くように本来の名を呼んだ。それだけできゅうと彼のを締め付けてしまった。 「くっ。静子、あんまり締め付けるな」 「ごめんなさい」 「謝らなくていい」 遮那王様はそう言うとまた、激しい動きで突き上げてきた。わたくしが両腕を伸ばすと頭を近づけてくれる。そのまま、彼の首に掴まった。 しばらくして熱い飛沫が放たれた。緩く抜き挿しを繰り返して遮那王様はわたくしの中からずるりと出た。 その刺激にさえ、体はびくびくと反応してしまう。遮那王様は脇に置いてあった布を持って立ち上がる。 「…水を用意する。ちょっと待ってろ」 脱ぎ捨ててあった衣を羽織り、帯を締めると外へと行ってしまった。わたくしはほうと息をついたのだった。 後で遮那王様は盥桶に水を張って戻ってきた。まず、額や顔、首筋など上半身を拭く。後で下半身もざっと拭いてもらう。布を洗っては拭いてを繰り返した。遮那王様もざざっと全身を拭くとわたくしの衣を着つけてくれる。立ち上がろうとしたけど足腰が痛くて言うことを聞かない。 仕方なく、遮那王様は褥の用意をすると寝るように言ってくれた。わたくしは寝具にくるまると瞼を閉じる。 だが、遮那王様はまだ仕置きが足りないと言ってわたくしをかき抱く。そうして、また美味しくいただかれてしまったのだったー。 女房の近江がお説教したのは言うまでもない。遮那王様はその日一日、わたくしに触れるのを禁じられた。 「…いい気味ですよ」 「近江さん。わたくしは構いせんのに」 「夢乃ちゃん。甘い事は言わないの。あのケダモノがつけ上がるだけよ」 自分の主をケダモノ呼ばわりとは。近江さんを怒らせてはいけないとわたくしは思った。 その後、高熱を出したわたくしは三日間は遮那王様と会う事もできなかった。周りのみんなは生暖かい目で見ていた。わたくしが遮那王様と無事に会えたのは数日後の事だった。 ー終わりー
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