曇りのち憂鬱ときどき桜。

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曇りのち憂鬱ときどき桜。

どんどん空は曇ってきて、俺の心は憂鬱になる。 憂鬱憂鬱憂鬱。 そこに桜の花びらがのんきにサラサラと降ってきた。 花びらの向こう側に彼の背中が見えた。 もう見るのは最後かもしれない。そう思うとまた憂鬱になった。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 純の憂鬱 飲み会に誘われるのは嬉しいけど、嬉しくなかった。 純は気持ちに波のある人間だった。 仲の良い友達と会う約束をしても、当日になってどうしても出かけられないことも良くある。 同級生の集まりにも行きたいとは思わない。特にお酒の席なら尚更だ。 それでも必ず1人の同級生が熱心に誘ってくれるので、1〜2年に一度は顔を出していた。 今晩のお花見もしつこく誘われたので顔を出すことにしたのだ。 花見をする公園は寒くて人が多かった。 来なければ良かった。 それでも帰る勇気もない。待ち合わせ場所の公園の入り口で待っていると、なじみのある声が聞こえた。 「純、元気だった?」 毎回純を飲み会に誘ってくる同級生の幸田だった。 「みんなは?」 「買い出ししてから1時間後に来るって、俺たちは場所取りしとこうぜ」 うんざりした。 つまり純以外のメンバーはそれぞれ連絡を取り合っているのだ。幸田が来なければ純は1人でこの寒い公園で途方にくれていたのだろうか。 どうせ一人にするなら、誘わなければいいのに。 「ビール飲むだろ?」 幸田がビニール袋から500mlの缶ビールを渡してきた。 こんな寒い時に飲みたくないけど、断るのも気が引けた。 プルタブを開けて苦いビールを飲む。炭酸は得意じゃない。 思ったよりぬるくて、その分救われた。 「ぬるいな。せっかくのビールが勿体無い」 幸田とはまるで意見が違うようだ。 「久しぶりだよな。仕事はどう?」 「ああ。まあほどほど」 仕事はちっとも上手くいってないけど、幸田に説明する義務もなかった。それでも嘘をつくのが苦手なので、結局は曖昧なことしか言えない。 「ほどほどって?」 「普通にやってる」 「彼女は出来た?」 「いや、別に」 幸田はいつでも恋愛のことを聞いてくる。 『ありふれた話題』として聞いてくるだけなんだろうけど、こちらにとっては親しい友達としか話したくない内容だ。 「ふーん」 息苦しくて桜を見上げる。 綺麗だとは思えなかった。 ビールをもうひと口飲む。 美味しいとは思えなかった。 やはり来るんじゃなかった。 どうやって理由をつけて帰ろうか。そのことばかり考え始める。 「俺の仕事のことも聞いてよ」 「うん。幸田の仕事はどう?」 幸田は『はっ』と鼻で笑って見せた。馬鹿にされているみたい。 そして気まずい沈黙。 幸田は俺の顔をじっと見ているから、余計に気まずい。 「あの・・・みんな何時に来るって?」 「1時間後だってば。俺と2人だけでいるのがそんなに苦痛なの?」 「そうじゃなくて。あまり体調が良くなくて…」 純がそう言っても幸田は黙ってビールを飲んでいた。 「だから帰りたくて…」 その時、柔らかな風が吹いて、桜がサラサラと舞った。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 潤也の憂鬱 「あのさ、俺の下の名前知ってる?」 急な話題に純はびっくりした顔になった。 そんな事を聞かれるとは思いもしなかったんだろう。 「名前って…」 「やっぱり覚えてないんだ?潤也だよ。俺たち名前が似てるなって最初に会った時に話したじゃんか。それも忘れちゃった?」 「いや。覚えてるよ」 相変わらず嘘をつくのが下手だ。 『純っていうの?』 『うん』 『俺は幸田潤也。潤也って呼んでよ』 純が小さく頷いたのを俺はずっと覚えていた。 俺が話しかけてもいつも迷惑そうな顔をしていた。 憂鬱そうな顔。 その顔を見るたびに、こちらはもっともっと憂鬱になるのに。 そんなこともわからないの? 卒業しても事あるごとに声をかけるのは、ただの意地悪なのかもしれない。 純が自分に興味を持たないことに腹を立てて、ただ嫌がらせをしているだけなのかもしれない。 結局、迷惑そうな顔を見るとこちらも憂鬱になる。 だったらもう連絡するのはやめておこうと心に決めるのに、しばらくするとやはり会いたくなってまた誘ってしまうのだ。 なんでそんなに不幸そうな顔をしているんだ?この世でお前だけが不幸なわけじゃないんだよ。 なんでいつも憂鬱そうなんだ?俺だってしんどい時もあるのに。 どうして気づいてくれないんだろう。 ほんの少しでも俺のことを気にかけてくれたら、それだけでどれほど嬉しいだろうか。 「買い出しって嘘だよ。俺がお前と先に行って場所取りをしておくって、みんなに連絡したんだ」 「なんで・・・そんなことしたんだ」 「たまにはじっくり話したいと思って。お前っていつも俺の話聞いてないだろ?」 本当の気持ちを言っただけなのに、純はとても不快そうな表情をした。 なんでそんな顔が出来るんだ? 俺が傷つくなんて夢にも思ってないのか? ほんのしばらくの間、お互い黙っていた。純にとってはきっと数時間にも感じただろう。 「ごめん。やっぱり…帰るよ」 俺は黙っていた。 純はこちらに背を向けると、トボトボと歩き出した。 きっとこちらを振り返ることはないんだろう。 どんどん空は曇ってきて、俺の心は憂鬱になる。 憂鬱憂鬱憂鬱。 そこに桜の花びらがのんきにサラサラと降ってきた。 花びらの向こう側に彼の背中が見えた。 もう見るのは最後かもしれない。そう思うとまた憂鬱になった。 そのまま俺は花びら越しに、小さくなる純の姿をずっと見ていた。 視界から消える直前、ほんの一瞬だけ彼がこちらを振り返った気がした。 「純…!」 反射的に名前を呼んだけど、その声は桜の花びらと一緒に風で飛んでいった。
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