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「卒業式で、私たち歌いますよ」 「え!」  先輩はすぐさま食いついてきた。 「え、そ、それって合唱!?」 「それ以外考えられますか?」 「……ラップバトル、とか」 「卒業式ですよ」  ボケた先輩にツッコみつつ、私は続けた。 「ちゃんと、合唱ですよ。卒業生入場のときと、式中と、退場のとき。あと校歌ももちろん歌うので四曲です」 「ほんと?」 「はい、まあでも、一年生は出ないので、歌うのは私たち二年だけですが」 「……ほんとなんだね」  星野先輩は何故か泣きそうな顔をしていた。 「四年ぶりだね、そんな大人数で合唱するの」  ――そうだ。  コロナの影響か、私たち合唱部の部員数は最盛期と比べて半分にも満たない、コンクールに出られるのもギリギリの人数だし。  ようやく復活した合唱コンクールも、やるのはクラス合唱だけで、学年合唱は先送りにされたし。  行事ごとの校歌斉唱も、コロナになってからは省略されてきた。 「……古賀ちゃん」  星野先輩は泣きそうなまま、満面の笑顔を咲かせる。 「わたし、また静かな卒業式なのかと思ってた。ちゃんと歌ってもらえるんだね。卒業生も在校生も一緒に歌えるんだね!」     ああ。  私はその言葉を聞いて、思った。この人は本当に合唱が好きなんだって。  だからこそ――苦しかったに違いない。先輩の言う「青春」を、高校時代をコロナと共に過ごさなきゃいけなかったことが。 「卒業生まで、あと二週間でしたっけ」 「うん、それくらい」 「私たち、頑張りますよ」  先輩たちを送り出す卒業式で、最高の歌声を届けられるように。  私がそう言うと。 「なにそれ! かっこいい!」  先輩が目を輝かせる。 「さすが合唱部副部長。期待してるよ」 「何言ってるんですか、先輩もですよ」    私はすぐさま返す。 「卒業生の中で一番大きな歌声を出してくださいね。先代部長?」 「うわぁ、難題」  星野先輩はペロッと舌を出して変な顔をする。そんな先輩を見て、私は思わず笑う。先輩もつられて笑い出す。  二人だけの部室に、明るい声が響いた。  今なら――私の他に先輩しかいない。 「先輩、私も外していいですか、マスク」  耳にかけたマスクの紐を外す。開けっ放しの窓から、春の風が吹いてきて、それは直接私の鼻と口に触れる。ふわっ、と久方ぶりの感触に、なんだか不思議な心地がした。 「……なんだか」  私は思わず呟く。 「久しぶりに学校というものの匂いみたいなのを感じました」 「なにそれ」  先輩が笑った。 「でも、ちょっと分かるかも」  マスク無しの顔で、先輩と向き合う。  少し恥ずかしいような、  でも嬉しいような。 「先輩、ご卒業おめでとうございます」 「古賀ちゃん、気が早いって」  笑顔が、また花開く。 「でも、ありがとね」  ――コロナに、私たちはたくさんのものを奪われた。それらは今、元に戻りつつある。でも完全に前までの通りに、というよりは、新しいものとして作り出されている感じ。  少しずつ変化しながら、少しずつもとの形に戻っていく。マスクと共に送る学校生活も、完全には終わらないかもしれない。  だけど、それでいい。  卒業式での合唱、という、一つの奪われたものが帰ってきた。今はそれを、精一杯やるだけ。歌い上げるだけだ。  感謝と、祈りを込めて。  青い春の音を、奏でるために。
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