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車がひっきりなしに行き交う大通りの上、太陽が照りつける空の下で、僕はパニックになっていた。確かに僕は、通学路から少し入った所の雑居ビルの屋上から身を投げたはずだった。なのに落ちてない。正確には、僕の手首を掴んだ謎の人物が、僕ごと空に浮いていた。
「そういうの困るんだよね~。こっちの人間は落ちたら最後、飛ぶことも出来ず地面に激突だろ?」
「飛ぶ? え?」
その人はローブと杖という魔法使いのような格好で、顔はフードでよく見えなかった。声からして僕と同い歳くらいなのはわかる。ローブの人は白い歯を見せて笑い、杖を振った。天地がひっくり返ったかのように上に引っ張られ、屋上まで戻る。信じられない。一体どうやって?
「ちょっと顔を見に来たら、飛び降り自殺してたとか。ふぅ〜、危ない危ない」
「君は?」
「気になる? そりゃ気になるよね! じゃあ見せてあげるよ。世界の神秘にぞくぞくするよ、きっと」
少年はローブのフードを取り、乱れた茶髪を整える。その顔を見てぎょっとした。似てる。瞳は緑で、同じ色のイヤリングと金の額当てをしてるけど、この人は僕と同じ顔をしている!
「とりあえず家行こっか。どうせ昼間は誰もいないんだろ?」
「あの、ちょっと!」
その人が杖で足元を叩くと、魔法陣が展開し、僕達は風となって空を突き進んだ。何が起きてる? 問いかけようにも風圧のせいで息が出来ず、黙ってついていくしかなかった。
*
「対の世界?」
「そ。この世には陰と陽の二つの世界があるの。こっち側はマナの届かないに陰の世界、あっち側がマナの溢れる陽の世界。二つの世界には魂を共有した人が一人ずつ暮らしてて、俺と対になってるのはお前ってわけ」
僕の部屋に来て早々、ローブの人――ヴィントはそう説明した。生まれつきそのマナってものを体に宿してるお陰で、ヴィントは魔法が使えるらしい。まるでRPGに出てくる世界だ。
お腹が空いたというので家にあったカップ麵を出すと、ヴィントは物珍しそうに食いついた。塩が強すぎるがこれはこれで旨いと、嬉しそうに食べ進めている。
「魂を共有してるってことは、僕が死んだらヴィント君も死ぬ……?」
「うおっ、さすがは裏の俺! ちなみに俺のことはヴィントでいいよ。同い年だし」
「そっか……僕が死ねば君も道連れに……。だから自殺を止めに来たんだね……」
「そういうこと。ってなわけで、お前はこの先自殺禁止な、水無月風太くん!」
「そんな……勝手に……」
「それ俺の台詞だかんな! あのまま落ちてたらお前人殺しになってたんだぞ」
ヴィントはカップ麺のスープを最後の一滴まで飲み干し、満足げにゲップした。
「は~、陰の世界の文明ぱねぇ~! どうなってんの? お湯だけでこんなの作れるとか天才?」
「ねぇ、その、どうにかならないのかな? ヴィントが死ぬのは困るけど、このままっていうのは……。例えば、ヴィントと僕の魂を切り離すとかは……」
「無理無理。それするなら太陽系を一から作り直して因果律から手を加えなきゃなんないから」
「因果律? 太陽系?」
「あー……。まぁ要するに、銀河ごとぶっ壊して、ビッグバンから始めるって言えばオーケー? お隣の銀河のマナも合わせて地球規模の術式を展開すれば出来なくはないけど、やる?」
そんなRPGみたいなことをさらりと言われても……。
ヴィントは空っぽになったカップ麺のカップをしげしげと見つめながら、よくある世間話みたいに尋ねてきた。
「てか、なんでそんなに死にたいの? こんなに旨いカップ麺あるのに?」
「君にはわからないよ。僕がどんな目に遭ってきたか……」
「ふぅん。だったら教えてもらおうかな」
ヴィントは身を乗り出すと、ブレザーのボタンをはずした。何事かと僕は慌てて後退した。
「なな、なに!?」
「何って、制服貸してもらうだけだけど?」
「なんで!?」
「俺にはわかんないって言うなら、君になりきって体験すればいい。ついでに問題を解決すれば君は自殺せず、俺も生き残る。うん、完璧なプランだ!」
「僕になりきるって? いくら似てても……」
「はい、お静かに」
杖の先でこつんと僕の頭を小突く。すると僕の体がクラゲみたいに半透明になってしまった。
「透明魔術をかけた。これでもう君のことは誰も見えない。触れない。聞こえない。戻してほしければ大人しく従ってね」
「そんな、戻して!」
伸ばされた手を払いのけようとして息を呑む。ヴィントの手に触れない。何度やってもすり抜けてしまう。一方のヴィントは意地の悪い笑みを浮かべて、ブレザーの裾を摘まみ上げて見せた。
「さーて、どこから脱がされたい?」
「自分で脱ぐから!」
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