For my soulmate 〜死にたい僕が出会ったのは、対の世界に住むもう一人の僕でした〜

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「ヴィント、入るよ」  家に帰ると、ヴィントは透明の魔法を解いてくれた。僕は盆に載せた野菜うどん二人前を持って部屋に戻った。ヴィントは元のローブに着替えて、ベッドで膝を抱えている。髪や瞳の色も元に戻っていた。 「床でごめん。これ、ヴィントの分」 「風太が作ったの? すげぇな」 「冷凍うどんをゆでて、残り野菜をテキトーに入れただけだよ」 「旨そう。温かい料理……湯気だけで沁みる」  ヴィントはグーで握ったお箸で器用に麺を持ち上げて口に運んだ。ただ薄めためんつゆで煮ただけなのに、本当に美味しそうに食べる。 「ヴィントって何してる人なの? もしかして闇社会の人?」 「はは、もしそうだったら気楽だったろうね。そうだな。俺、お前に何も話してないや。いいよ、話してあげる」  なんとなく箸を置いて居住まいを正した。ヴィントははふはふと、うどんを食べ続けている。 「俺は稀代の天才と謳われる宮廷魔術師。こう見えて偉いんだ。隊を一つ抱えてる」 「隊って何の?」 「ん? 隊は隊だよ。魔術兵の大隊、そのリーダーが俺な」 「もしかして、軍?」 「うん。……ああー、腑に落ちた。平和だと身近じゃないのか。そりゃそうか。接点ねぇもんな」  馬鹿にしたわけでもなく、純粋に驚いてる。僕からすればそんな言葉がポンと出てくる方が驚きだけど。  でもよく考えたら、補給部隊とか拷問とか、ヴィントは僕が使わない言葉を色々口にしてた。それなら、もしかして……。 「ねぇ、違ったらごめんなんだけど、ヴィントの国って、その……戦争してるの?」 「うん。かなり長期化してて、指揮官すら前線に出る膠着状態。兵站(へいたん)――あ、補給部隊のことな――も壊滅して、最近はパッサパサの携帯食糧で食いつないでた。温かいの食べるのも久しぶり」 「そうなんだ」  やっぱり。言葉で説明されても全然想像つかないけど、胸につかえてたものがストンと落ちた。こんな話、どこまで踏み込んでいいのかわからない。でもこれだけは聞いておかないといけない気がする。 「ヴィントは、人を殺したこと、ある?」  チュルッと麺をすすり、湯気で湿った鼻を袖口で拭う。ヴィントは後ろに手をつき、力なく頷いた。 「もう数えてない。捕虜を拷問にかけて、気づいたら死んでたこともある。敵だけじゃないね。陽動作戦のために味方の兵を死地に送った。皆、祖国と王のためにって、敬礼して出陣していくんだ。次に会った時は文字通り変わり果てた姿さ。はらわたが飛び出ても死にきれなかった仲間に、死の安らぎも与えたこともある」 「死の安らぎを与えたって……」 「想像に任せるよ。魔術でも感触はあるんだ。あんまり思い出したくない」  やっぱり、これ以上は踏み込んじゃ駄目だ。知ってしまったら元には戻れない、それくらいは僕にもわかった。  ヴィントはへらりと笑い、肩をすくめた。 「どう? 俺って結構やばいでしょ?」 「……わからない。でも戦争なら、仕方ないんだと思う。決めたのは王様、なのかな? 普通の人にどうにか出来ることじゃない」 「そう、仕方ない。全部仕方ないんだ。俺がこの先、ますます多くの人を死へ葬るのも仕方のないこと」  麺を吸い込もうとして、ヴィントが湯気の熱さにむせた。慌てて水を勧めるとごくごくと飲み干した。 「毎晩葬った奴らの顔を夢に見るよ。呪いの言葉をかけられる。なんでお前は生きてるのか、助けてくれなかったのか、責められて、首を絞められて……んで、飛び起きる。そんな日を繰り返してると思うんだ。こんな俺に、生きてる意味なんかあんのかって」 「え?」  生きてる意味があるのか? それってつまり……。 「ははっ、そう。自殺を考えてたのは俺の方。次の招集までの僅かな(いとま)で風太に会いに来たのも、俺と道連れになる少年の顔を見ておきたかったからさ」 「まさか……じゃあなんで僕を助けたの? 放っておけばヴィントだって死ねたのに」 「まぁ確かに。俺も正直ちょうどいいかななんて思ってたよ。けど気がついたら助けてた。空に身を投げた風大の手を掴んだあの瞬間、死にたいなんて気持ちは吹き飛んでたな」 「なんで? 顔が似てるだけの他人だろ?」 「その通り。魂の共有者ってだけで、こっちに来るまで名前も知らなかった見知らぬ人だった(・・・)。でもお前はいい奴だった。俺の身勝手で死なせていいなんて、思えるわけがないほどに」  僕が、いい奴だって……? 「風太さ、飛び降りる前に女の子とぶつかったろ。その子が怪我ないか心配して、手当てまでしてあげてた。なんて優しい奴なんだと思ったよ。死のうと思ってても、最期まで誰かのために動ける。裏の俺はそういう奴だった。俺にとってお前はあまりに眩しくて、消したくない存在だった。その結果、俺が生きることになっても守らなきゃと思った」 「どうしてそこまで……」 「さぁな。俺にもわからない。お前になりたいって思ったのかも。いや、それならまだいいか。お前を生かすことを自分の存在意義にして、こんな俺でも生きてていいって思いたかった」  ヴィントはふぅと溜め息をつき、うなだれた。僕は息を呑んだ。僕と同じ顔が悲痛に歪み、今にも泣き出しそうになっていた。 「俺は風太みたいな優しい奴になりたかった。死を感じても誰かに優しく出来るような人間でありたかった。こんなのが魂の共有者でごめんな……。幻滅しただろう。俺の手はこんなに血みどろで、汚れきってて……」 「ヴィント」  落ち着けるようにヴィントの肩に手を置く。うっかり倒さないように、食べかけの食器は脇によけた。
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