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「優しいのはヴィントの方だよ。優しくなかったら誰が道連れになるかなんて気にしない。どんなに辛くても、死んだ人を背負って生きてるって凄い。僕だったらとっくに壊れてる」
「そうかな?」
「そうだよ。それに、国の人達を守るために戦ってるんだよね? 強くなきゃ出来ないことだよ。尊敬する。僕はヴィントが魂の共有者で嬉しい。むしろこんな弱くて情けない僕が相手でいいのかって思うほどで……」
「お前さぁ」
ずいとヴィントが寄ってくる。体と体がつきそうな距離で、心臓がドクンと飛び上がった。
「そういう自分は駄目みたいに言うの、やめな? お前はすげぇ奴だよ。部下も同志も王も、俺の死にたいって気持ちを止めることは出来なかった。お前だけが俺を止められたんだよ。俺さ、風太に感謝してる。恩返しがしたいんだ。お前が俺に光をくれたように、俺もお前の光をあげたいって思ってる」
「ヴィント……」
ヴィントが更に体を寄せてくる。待って! 近い! さすがに体がくっつく! 思わず後ずさると、ヴィントが我に返ったように一歩下がった。
「ごめん。俺、どうかしてたわ……」
「う、ううん、僕こそ。こういうのって女の子とするものだと思ってたから、びっくりしたっていうか……」
「何? 下がったのってそういう理由? 風太って差別主義者なの?」
「そ、そうじゃない、けど……。僕、初恋もまだだし……」
「俺も初恋はまだだよ」
「そうなの? 意外」
「まぁ、一種の覚悟みたいな? 明日生きてるかどうかわからないこそ恋をしろ、約束をしろなんて言うけど、俺に言わせりゃあ悪手だね。後で悲しむくらいなら、最初から何もない方がいいに決まってる」
その考えだけは同意出来ない。つなぎ止めるものがなかったら、その時が訪れた時、ただ死を受け入れて終わりじゃないか。そんなの、あっていいはずがない!
気がつけば、今度は僕がヴィントにすり寄っていた。体と体がつきそうな距離で、ヴィントの熱すら感じる。ヴィントは驚いたように緑の目を見開いた。瞳の中に泣きそうな顔をした僕が映り込んでる。なんて情けない顔だろう。これ以上僕の顔を見られたくなくて、思わずヴィントを抱きしめた。
「何、を……?」
「こんなこと、言う資格ないのかもしれない。負担をかけるだけかも。でも……死なないでほしい。悲しいまま終わりにならないでほしい。ヴィントはもっと自分を愛してあげて。でないと、僕……僕は……」
「自分を愛して……?」
耳元でヴィントの息が震えてる。僕に魔法は使えないけど、この体を伝って届いてほしいと願う。
君は凄い、頑張り屋だ、幸せになるべきだ。
ヴィントがヴィントを殺したいと思うことが許せなくてたまらない。だったら僕がつなぎ止めてみせる。魂のつながりなんて関係ない。僕の心で、想いで、ヴィントの希望になる……!
「風太って、意外と積極的なんだなぁ」
「あっ……!」
ヴィントの声で我に返る。何をやってるんだ、僕は!? 人を抱きしめた? それも男を? こんな、こんなの、失礼すぎる! 今日の僕はどうかしてる!
「ごごご、ごめん! 僕、何をやって……。離れるから」
「ふふ〜ん! やだね。放さない」
「えっ!?」
ヴィントが僕の背中に手を回し、ぎゅうと力を込める。そのままグイと押し倒され、僕は猫に捕まったネズミみたいに腕をバタバタさせた。
「ちょ、何を!?」
「風太って、あったかいなぁ。陽だまりみたい。はぁ〜、いい気持ち。眠くなってきたかも」
「待って、ヴィント! 僕がどうかしてただけ。こんなの、おかしいに決まってる。だから……」
「だから離れてって? じゃあ何? 自分を愛してあげてって言ったのも、どうかしてた弾みで言っただけなの?」
「それは、本心だけど……」
「なら抱きついたのも本心じゃん」
「それとこれは話が別で!」
「ちょっと風太、何言ってるかわかんないぞ。こうなったらここに聞いてみようか?」
ヴィントが僕の胸をトントンと指先で叩く。心を読むつもりだ! 魔法って何でも出来すぎる!?
「ま、待って……てば!」
思いっきり力を込めてヴィントを押し戻す。ヴィントはへらりと笑って頭を掻いた。
「力強いなぁ。さすが武闘派」
「ただ運動部ってだけだけど……」
「頭脳仕事してる俺からしたら十分だよ。でも」
くいと顎に手を添えられる。緑の目が愛しそうに細められ、舌がぺろりと出た。
「なかなかいいものが見られたなぁ。うん、そうだ。キスくらいはしてみてもよかったかも」
「な、なな、何を言ってるの!?」
「ははっ、そんないかがわしい意味じゃないよ。俺くらいの魔術師になると、自分の姿は自由に変えられるの。性別も種族も年齢も自由。でもそうなると、本当は誰なのかわからないじゃん? だから口づけで魂をほんの少し吸って、互いに味を覚えるわけ。魂は命の源、何をしても変わらないから」
「なるほど? つまり、変装した敵に騙されないように見分ける方法がキス……」
「なーんて。普通に愛情表情だけどね」
「はぁ!?」
「はは! からかいがいがあるなぁ、風太は。だ って真贋確認なんて、合言葉を決めておけば済む話だろ? 確認だと称してキスして回ってる人がいたら、やばいって」
「もう、ちょっと信じたじゃないか……」
はははと朗らかに笑う。全く、どこからが本気でどこからが冗談なのか……。
ヴィントはふと寂しそうに目を伏せた。泣きはらした後のような、疲れた顔をしてる。
「本当にいいのか? 俺、生きてて」
「うん。当たり前だよ。ヴィントが自分で死を選ぶなんて、耐えられない」
「そっか……。風太の言葉なら信じられる気がする。ありがとな。心、ちょっと軽くなった」
「うん」
よかった、伝わった。僕の命なんてどうなってもいいけど、やっぱりヴィントに生きててほしいって思うから。
それから、二人で食べかけだったうどんを食べ始めた。長く置いてたせいで汁は冷め、麺もふよふよになってたけど、その不味さに僕達はゲラゲラと笑った。
「なぁ風太。お前は俺に自分を愛してって言ってるけど、俺も同じ気持ちだからな」
「え?」
「俺も、お前が死にたいなんて考えるの、耐えられないって言ってんの。そんな気持ちにさせる奴がいるなら、鳴川の奴らじゃなくても消してやるから」
「そういうのは本当に良くないから駄目。でも、そうだな……」
ヴィントに乱暴な真似をさせてしまったのは、僕に原因がある。このまま逃げ続けていても、ヴィントは安心してくれないだろう。なら……。
「ねぇ、ヴィントって記憶を消すことは出来る?」
「ん? 出来るけど。トラウマ治療で使うし」
「だったらお願いがあるんだ」
前に進もう。僕だって変わらなければ!
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