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翌日、僕は体育館にいち早く来て、ウォーミングアップしていた。ダンダンとボールをつく振動が、シューズの裏から伝わってくる。この感覚がどうしようもなく好きだ。何をされてもバスケ部を辞めなかったのは、ボールを手にしてる間の、心臓が高鳴るほどの興奮を諦めたくなかったから。
立ちはだかるディフェンスの脇をすり抜けるように、ジグザグとドリブルする。ゴール手前に来た瞬間飛び上がり、しっかり狙ってボールを放る。クルクルと回転しながら、ボールは吸い込まれるようにネットを揺らした。パスッという気持ちのいい音の後、ボールがダンダンと床を叩く。大丈夫、行けると励まされてるようで、力が湧いてきた。
「へぇ、上手いもんだな」
そこへヴィントが壁をすり抜けて入ってくる。今日は自分に透明の魔法をかけて学校に来てた。
「小さい頃からやってるからね」
「さすがだな。さて、言われた通り、鳴川達の昨日の記憶を消してきた。けど本当にいいの? またパシられるかもしれないぞ」
「大丈夫。これは自分で決着をつけたいから。それに、ヴィントと話してて思ったんだ。ヴィントと同じ魂を持ってるなら、きっと僕だって強くなれるって」
「やれやれ、買いかぶりすぎって思うけど。お前の言葉で、俺も捨てたもんじゃないって少しは思えたから、素直に受け止めておくよ」
「ありがとう」
「頑張れよ。見守ってるから」
「うん」
体育館のドアが開き、鳴川先輩と部員達が入ってくる。先輩は僕がボールを持ってることに気づくなり、凄い剣幕で寄ってきた。
「てめぇ、誰の許可でボールに触ってる!?」
ああ、怖い。ヴィントの前で格好よく宣言したのに、もう心が折れそうになってる。踏ん張れ、風太! 僕の魂はヴィントの魂でもある。強くなれ、強くなれ、強くなれ!
「ぼ、僕だって、部員なんです。ボールに触るのは、普通です」
「補欠はアシストしてればいいんだよ! 飲み物買ってこい。人数分な」
「っ……!」
「おい、どうした? さっさと行ってこい! ぶたれてぇか!?」
「お……お断り、します! 自分の物くらい自分で買えばいい!」
「なんだと!」
言った! 言ったぞ! さぁ次だ。宣戦布告するんだ!
「どうしてもって言うなら、僕と1on1で勝負してください! 先に三点取った方が勝ち。僕が負けたら、指示通り飲み物を買ってきます」
「勝手に決めんな! くだらねぇ。いいから早く行け! でなきゃ痛い目……」
「やらないんですか? あ、わかりました。ぼ、僕に勝てる自信がないんですね。だから勝負を避けてると……」
先輩が僕を突き飛ばし、ボールを奪う。怒ったヴィントが魔法を放ちそうだったのを、首を振って止める。僕が立ち上がると、先輩は舌打ちしてボールを床に強く打ちつけた。
「バーカ。俺が負けるわけねーだろ! おい、ボード持ってこい! 始めんぞ!」
乗ってきた! もう後には引けない! やるしかない!
先攻は僕。鳴川先輩は巨木のような体でゴール前に立ってる。部員がピッと笛を吹き、試合が開始した。
ボールを数回ついて駆け出す。カットしようと鳴川先輩の手が伸びる。
かかった、フェイント!
重心を移動させて先輩の右脇を抜け、ゴールネットにボールを押し込んだ。
「水無月、一点!」
「風太、すげぇ上手い……」
そうだよヴィント、僕は上手い。一年で選抜試験を突破し、インターハイに出場した戦績を持つんだ。キャプテンの先輩からしたら、凄く危機感があったんだと思う。だからこんな目に遭わされるんだ。
「鳴川、一点!」
「水無月、一点!」
「鳴川、一点!」
試合は拮抗し、いよいよ最後の一点。ボールは、僕が先輩のカットに成功したから僕にある。ここで、絶対に決める!
ピッ。
笛が鳴った瞬間、先輩が急接近して行く手をふさいだ。まずい、こんなに近づかれると壁同然で身動きが取れない。先輩がボールを落とそうと手を伸ばしてくる。
どうすれば。カットされたら、きっと次は……。
「諦めるな、風太!」
その声にハッとする。そうだ、ヴィントは僕を信じて、手を出さずに見守ってくれてる。僕が諦めてどうする!? 左右が駄目なら、残る道は一つだけだ!
足を踏み出し、ゴールから離れるようにして鳴川先輩を振り払う。素早く反転し、ボールを投げた。大きな放物線を描き、ボールは吸い込まれるようにゴールの方へ。
パサッ。
ネットの揺れる清々しい音が響く。本来なら三点が入るロングシュートだ。やった、決まった!
「水無月、一点。勝者、みな――」
「ふざけるなァ!」
鳴川先輩が激高し、僕の方へ歩いてくる。何で? 勝ったのに? 怒りに任せて大きな拳が振り上げられる。
やばい、殴られる! 僕はどうなってしまう? 大ケガして選手生命が絶たれたら? ここまで頑張ったのに!
「何やってんだ、鳴川!」
「え、先生……?」
終わりだと思った時、顧問の先生が鬼の形相で近づいてきた。え、いつの間に? 振り上げたままの拳を掴み、先生が先輩ににじり寄る。
「前からおかしいと思ってた。部員に暴力を振るうような奴にキャプテンをやる資格はない! スタメンも降格だ!」
「ま、待ってください! これには事情が……」
「言い訳なら生徒指導室で聞く。北見、河野も来い。他の皆は練習を続けるように!」
鳴川先輩と取り巻きの生徒は先生に連れられて体育館を出ていった。おかしい、ドアは大きな音がするから、開けば気づくはずなのに。不思議に思ってると、ヴィントがウィンクして外へ出ていった。僕は急いで後を追う。
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