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ヴィントは誰もいない校舎裏でようやく止まった。
「ふぅ~、なんとか間に合った」
「もしかして、ヴィントが先生を呼んでくれたの?」
「まぁな。職員室で居眠り中の先生をちょっくら召喚した」
「召喚!? そんな凄いことしてたの?」
「別に、同次元の移動なら杖でトンとするだけだし。その後は成り行きだよ。いい先生でよかったね」
「助かったよ。お陰で殴られずに」
「それもこれも、風太が頑張ったからだよ。勝利おめでとう! これで試合にも出られるな」
「うん!」
鳴川先輩に立ち向かえた、そう思ったら力が湧いてくる。死のうなんて二度と考えるもんか。
「ありがとな、風太」
「お礼を言うのは僕の方だよ」
「いや、言わせてくれ。風太が頑張ってるのを見て俺も希望が持てたんだ。魂を共有してるなら、俺も風太みたいに優しくなれるかもしれない。そしたら少しは救いようがあるかなって」
「そんなの当たり前だよ。僕は何度も言ってる」
きっと魂を共有した僕達は根っこの部分は同じなんだ。自分のことは嫌いで仕方ないのに、僕達は互いに生きててほしいと思ってる。変だな、こんなの。どうして死にたかったのか、馬鹿らしくなってくる。
ヴィントはホッとしたように笑って、罰が悪そうに頭を掻いた。
「殴られるのだって怖いに決まってるよな。ごめん、俺の感覚がイカれてた。風太は強いよ」
「ううん。やっぱり僕が弱かったんだよ。最悪殴られるだけ……とは割り切れないけど、臆病になってた」
「臆病じゃない。怖いのが普通なんだ」
杖でノックするように空中を叩く。すると青いゲートが開き、蛍のような淡い光に包まれた異国の景色が覗いた。
「そろそろ帰るよ。今夜、出撃なんだ。俺がいないと隊の皆が困る」
「出撃……。また戦地に行くんだね」
「大丈夫。絶対に死なないから。風太の命もかかってるし」
ヴィントがゲートに入って振り返る。もうお別れなんだと思うと、急に寂しくなった。
「もう、会えないのかな?」
「会えるさ。生きてさえいれば」
ヴィントは朗らかに笑った。でも僕は気づいてた。ヴィントの声が微かに震えてる。これからまた、命を取り合う生活が始まるから。本当は怖くて怖くてたまらないんだ。
「ヴィント……!」
思わず僕は駆け出していた。ゲートの向こうにいるヴィントの手を取り、引き寄せる。一歩前によろけた体を抱きとめて、その唇に僕の唇を重ねた。しっとりしてて、温かくて、ぬるっとしてる。これがキスの感覚なのか。ヴィントが体をビクッと震わせて、一歩下がった。まだ感触の残る唇を指でなぞり、目を白黒させている。
「は? 何? え……?」
「辛くなったら、今の味を思い出してほしいって、思ったから……」
「味?」
え……言わせるの? ここまででも、かなり勇気を振り絞ったのに?
「だ、だって、魔術師なら魂の味がわかるんだろ? 相手がわかるくらい正確に」
「ま、まぁ……そう言ったけど……」
「しかも、ふぁ、ファーストキスで……」
「うん……」
「つまりは、前例がなくて……」
「まぁな……」
き、気まずい……! 僕、やらかした? 最後の最後の、大事な時に!
「覚えづらかったかな?」
「……いいや」
「僕じゃあ、駄目だった……?」
「……駄目じゃない。駄目なわけがない。忘れるもんか。でもな」
ヴィントが前に出て、僕の顎に手を添えた。そのまま唇を寄せる。
「ただ唇を合わせても、魂の味までは感じないんだ。魔術を使って互いの波長を合わせる必要があるんだよ。こんな風に」
唇と唇が重なる。その瞬間、僕の体の中を風が駆け抜けた。ヴィントを通して不思議なビジョンが見えてくる。
どこまでも深くて青い。これは、空? ドラゴンがコウモリみたいな翼をはためかせて飛んでいる。眼下には植物の意匠が凝らしてある立派な城がある。その周りには大きな街が広がっている。角の生えた人、うさぎみたいに耳の長い人……まるでゲームの世界のような獣人が剣の稽古をしたり、買い物したりしていた。
不意に唇が離れ、頭の中に広がった景色も消える。ヴィントはホッとしたように頬を緩めて、僕の目を覗き込んだ。
「今のがヴィントのいる国?」
「へぇ、風太にも俺の魂が見えたのか。そうだよ。俺が守りたい景色だ。魔術師の道を選んだ理由でもある」
「綺麗だった。行ってみたいな。いつか」
「戦争が終わったら、だな」
「何年後になる? 十年くらい先?」
「案外一ヶ月後かもしれないぞ」
そうだといいな。明るい方へ考えよう。現実が決まってるとしても、せめて心の中だけは自由でありたい。
ヴィントはゲートの中に戻った。紙切れが燃えていくように、ゲートが閉じていく。
「お前の味も、声も、姿も、忘れない。元気でいろよな。もう一人の俺」
「うん。生き抜いてね。もう一人の僕」
下半身が消えて、胸から上だけになり、顔の全体さえ見えなくなる。ゲートが完全に閉じきる間際、ヴィントはウインクした。そしてヴィントの姿は遂に見えなくなった。
「頑張れ、ヴィント。頑張れ、僕……」
生きよう、生きようとも。僕と、魂を共有した彼のために。
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