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5-9. 結婚式でのざまぁほど楽しいものはまたとない①
【ヴェロニカ視点・一人称】
結婚式前夜、新郎新婦が礼拝堂にこもって祈りを捧げる ――
この習慣のもととなる精霊と人間との婚姻話は、ヴィンターコリンズ家の始祖伝説である。
その真実は、精霊術師への迫害を逃れるために、現在の国教の神をまるっと取り込んで作られた嘘 ――
そう私はにらんでいる。
けれど、この習慣が一般に広まり、続いてきたのには、それなりのわけがある。
この国では上流階級の婚姻は、おもに政略。
婚約式も結婚式も両家の条件の擦り合わせと確認のための顔合わせであり、当人どうしは一言も話したことがない、というケースすらある。
そんな状況では、結婚式前夜の 『おこもり』 が、お互いの人となりを知るための最初にして最後のチャンスだったりするのだ。
良いほうに転べば、まさに神の加護を得たかのように仲むつまじい夫婦となるかもしれない。
そして悪いほうであったとしても、式をあげ初夜を迎えてからがくぜんとするよりはマシ ――
前世の小説でもよくあった 『きみを愛することはない』 などとわざわざ宣言するシチュエーションも、この世界ではおもにこのおこもりで繰り広げられるようである。
そのおかげか、円満な白い結婚やそのあげくの離婚が、この世界ではけっこう多い。
けどまあ、当然ながら ――
私とセラフィンの 『おこもり』 は、そんなものとは関係ないけどね?
時刻になり、しきたりにそって着替えた私の姿を見るなり、セラフィンのほおに、わずかに朱がさした。
「なにを着ても美しいですよ、ロニー」
「ラフィー。そのようなこと、今さらでしょう?」
「たしかに、そうですね」
照れて笑うセラフィンはかわいらしいが、衣裳は似合っているとは言いがたい。
私もセラフィンも、シンプルで素朴な白木綿 ―― 前世でいえば、中東あたりの民族衣裳に似ている。カンドゥーラ? だったかな、あれは。違いといえば、頭にかぶりものがないことくらい。
このままの姿で、教会まで素足で歩く。
それがしきたりなのだ。
とはいっても、私たちの通り道には、あらかじめカーペットが敷きつめられている。周囲はもちろん近衛騎士で固められてるし ―― しきたりって、なんだったっけ (笑)
教会では、司祭とともにマルガレーテが私たちを出迎えた。
「フィリップ陛下とナサニエル陛下のことをお忘れにならないために、こちらで祈りを捧げることにしてくださったと聞き及びました。
お心遣いに感謝します、陛下」
「おふたりあってこその王国ですから」
「もったいないお言葉でございます」
いかにも夫と息子を相次いで亡くした寡婦らしく、沈鬱な表情をキープしているマルガレーテ。
だが、テンからの報告によれば、彼女はすでにリザに毒を盗ませることに成功している。
ならばその頭のなかにはもう、私とセラフィンの死体が転がっているのだろう。
―― こうもタイミングよく機会に恵まれたことを疑っていれば、また別だが。
私とセラフィンは供物の載った台をふたりで運び、小礼拝堂に入った。
ここから先はふたりきり ――
そこまで敬虔な信徒ではない私たちは形ばかり祈りを捧げたあと、することがなくなってしまった。
普段なら、セラフィンと一緒にいるときはなんらかのわるだくみをしているはず…… だが、城の外の小礼拝堂ではやりにくい。どこで誰が聞いているか、わからないからだ。
セラフィンが遠慮がちに両腕を広げた。
「ロニー…… 抱っこさせてもらっても?」
「そうですわね…… よろしくてよ。距離が近ければ、密談しやすうございますものね」
「そういう理由ではないのですが」
セラフィンの温もりが近づいたと思ったら、あっというまに抱えあげられていた。
小さな子どものように膝の上にのせられ、両腕ですっぽり包まれる。
よかったらもたれてください、と言われて胸に頭をつけると、少し早い鼓動がはっきり聞こえた。変な感じだ。
私はひそひそと息だけで話してみた。
「手はずは整っていまして?」
「…… 教会の周辺に近衛と暗部を潜ませています。宰相にも前王母にも、気づかれていません」
「おさすがですこと。王家のやらかしをフォローされてきた経歴が、活きましたわね」
「光栄です」
セラフィンの強みは、仕える側と心理的に近いこと。
つまりは、これまで上から無茶振りされてきた者どうし…… 暗部にも近衛にも、気心の通じあう仲間がいるのだ。
今回、私の父やマルガレーテに気づかれることなく兵を配置できたのは、そのためである。
「きっと陛下は、良き王になられますわね」
「良き王…… ですか」
「恐怖でも報酬でもないもので人を動かせる者は、強いのですわ」
「それなら、あなたこそ最強ですよ」
セラフィンの吐息が私のひたいをくすぐり、ついで、やわらかな温もりが触れた。
まぶた、ほお、鼻の先 ――
順番に唇が落とされ、最後に、長いくちづけ。
「 ―― 私の王妃」
ささやく声が耳の奥だけじゃなく、心臓までくすぐって、足の先まで届く…… やだ、不覚。
ここで、こんなに嬉しくなっちゃう予定、なかったのに……
胸の奥から、あたたかいなにかが、あふれてくる…… ううむ。
こういうのって、どうしたらいいんだろう…… 穏やかで心地よくて、いたたまれなくて、気持ち悪い。
どうしようかな…… まったく、もう……
「失礼いたしますう!」
ふいに戸口から声がした。
きた ―― リザだ。
「いちゃ…… こほん。お話中に大変申し訳ございませんが、お夜食とワインをお持ちしましたあ!」
「ありがとう ―― お入りなさい」
「はい! 失礼いたしますう!」
チーズや燻製肉をはさんだクラッカー、ナッツの盛り合わせ、ワインの瓶とグラス ―― 夜食がのったワゴンを押して、金髪に薔薇色の瞳の侍女が近づいてくる。
「あら…… あなた、ネリウムの毒の」
びくりとリザが震えた。
顔を覚えられているとは、考えなかったのかな……
まあ、私に直接に会った記憶がリザにないのは、当然かも。
私がリザを尋問したのは保釈前の1回きりだし、あのときリザは大量の媚薬をキメていたからね (笑)
「そ、その節は、大変なことをしてしまいましてえ…… 」
「マルガレーテ殿下があなたを引き受けると言うので、特例で釈放されたと聞いていましたが…… その娘にまた陛下の給仕をさせるなど…… どういうおつもりなのかしら」
「あっあのあのあの! 当番は、厨房のくじ引きで決まったんで! マルガレーテ殿下はご存じないんです! 本当です!」
「ですが…… あのようなことをした者を」
「あの! わたし、心を入れ替えました! 2度とあのようなことはいたしませんから、どうか……!」
「そう…… 」
私はセラフィンを見上げた。
「ラフィー? どういたしましょうか?」
「いいのではないですか? 反省しているようですから」
「そう…… なら、あなた」
いま思いついた、というように、私はリザに向かってにっこりとほほえみかけた。
「一緒にいただきましょう? あなたがまず、毒味してくださいな?」
「…………!」
リザの薔薇色の瞳が、大きく見開かれた。
※※※※※※※
【リザ・カツェル視点】
夜食のワインに毒を入れたときには、なんの恐怖も感じなかった。
これでマルガレーテ殿下の側仕えに戻れる ―― そんな期待でいっぱいだったのだ。
だけどいまは。
止めようとしても、膝がガクガク震えて、座り込みそうになってしまう。
寒い ――
心底から楽しそうな紫水晶の瞳が、リザには恐ろしかった。
「ど、毒味ならば、すでに…… 」
「ならば、ここでもう一度することに、どのような問題がございますの?」
「そ、それは…… 」
「いいこと? 陛下のお生命を狙う者は多いのですよ? 目の前でなされない毒味には、残念ですけれど意味はありませんの」
耐えきれなくなり、リザはその場にへたりこむ。
無作法だがそちらのほうは、国王の婚約者はまったく気にかけていないようだ。
優美な手がふたつのグラスにワインを注ぎ、リザの鼻先につきつけた。
「さあ、どうぞ? グラスは2つとも、お願いしますね? グラスに毒が塗られている場合もありますから」
「そんな、そんな…… 」
「安心して? もしあなたが倒れても、できる限りの手当はしてさしあげますわ? 生かしておいて、いろいろときかねばなりませんもの…… 」
「お、お許しください!」
リザはついに、泣き声をあげた。
「そのワインには、毒が入っています……!」
こんなはずでは、なかったのに……
目の前には、生き生きとした光をたたえた紫水晶の瞳 ―― それが、いかにも満足そうにゆっくりと細められるのを……
絶望的な気持ちで眺めるしか、リザにできることは、なかった。
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