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2-2. 眼鏡イケメンだろうと性格までは信用しないのって当然①
「ヴェロニカさま、おはようございます! おめざをお持ちしました」
「メアリー、今日からよろしくお願いしますね」
「あああうっ、こちらのほうこそ! 一生懸命、つとめますので、よろしくお願いいたします!」
翌朝からはさっそく、メアリーが私の世話をしてくれるようになった。
『おめざ』 というのは起床時に自室で食べるお茶とお菓子で、準備は専属侍女が行う。
メアリーは慣れない手つきで口の細い金属製のポットからドリップコーヒーのセットにお湯を落とした。
こうばしいにおいが、ふわっと広がる。
コーヒーが落ちきるのを待って温めたカップに移し、生クリームたっぷりのフルーツサンドと一緒に鏡台の前に置くと、メアリーはほっとした表情になった。
「お待たせしました。
最近、ヴェロニカさまはお紅茶ではなく濃いブラックコーヒーを好まれるとうかがったので…… それに、おめざをしっかりめに召し上がって、朝食はとられないとも」
「そのとおりでしてよ。だって、わざわざ朝食用に着替えて、朝食が終わったらまた着替えて…… 着替えと食事しかせずに時間が過ぎるなんて、うんざりしてしまいますもの。
身支度してもらいながら、さっくり済ませるのが効率的…… さて、さっそくですけれど、髪を結ってくださいな?」
「かしこまりました」
鏡に向かい髪をブラッシングしてもらいながら、まずコーヒー。深煎りした豆の苦い味とかおりの余韻を楽しむ。もうひとくち。
それから、フルーツサンドをつまむ。こっちは前世の記憶がなかったころからの、ヴェロニカの好物だ。
甘いものの美味しさがわかったのも、転生したおかげである。
なにしろ前世の私は、食べ物ですら 『うまい・まずい』 ではなく 『面白い・面白くない』 を基準にしていたのだから。
それはさておき。
メアリーは私の髪をとかしつつ、今日の予定を話し出した。
これも私が指示したことである。時短、だいじ。
「今日のご予定は、まず離れの部屋のご確認。お言いつけどおり急ぎ準備しまして、昨日のうちに運びこみは完了、今日中には系列の病院から口の堅い看護士が数名、手配される予定です」
「そう…… 良うございましたわ。みな、回復すればいいのですけれど…… ともかく、あとでザディアスたちに仕事のお礼をしなければ。なにがいいか一緒に考えてくださいな、メアリー」
「そうですね…… えーと、騎士団の方々ですから、普通に宴会では? 内輪だけの慰労パーティーですとか」
「いい考えですわね。では、そういたしましょう」
「はい! ありがとうございます」
鏡ごしに、メアリーが嬉しそうな顔になり姿勢を正すのが見えた。
「では、引き続き予定を申し上げますね。今朝は、先ほど申し上げた部屋のご確認のあと、朝に声楽と語学。午後はエトランジュ伯爵令嬢のお茶会に招かれていらっしゃいます……
髪飾りは瞳と同じアメジストでいかがでしょう?」
「そうね…… いえ、オパールにしてくださいな。それから、エトランジュ令嬢のお茶会には遅れると連絡を」
「? なにかほかにご予定が?」
「ええ。確定ではありませんけれど…… 午後すぐころに、お客さまがいらっしゃるかも、しれませんから」
丁寧に編み込んだ私の髪のところどころにオパールの小さな花をさしつつ、メアリーがけげんそうな表情をする。
「来客…… ですか?」
「ほら、昨日のあれに気づいたら、文句をつけにくるひとがいそうではなくて? なにしろ、あれはひどくても、一応はビジネスだったわけですから」
「なるほど…… ですが、そんなに早く気づくものでしょうかね?」
「では賭けてみましょうか。もしも、わたくしの予想が外れたら、次のパーティーでは男装してあなたをエスコートしてあげますわ」
「それヴェロニカさまが、そうされたいだけのように聞こえますけど?」
「あら。なぜわかってしまったのかしら。優秀な侍女ですこと」
「では、ヴェロニカさまが賭けに負けてもいいように、仕立屋に予約を入れておきますね」
「ありがとう。大好きよ、メアリー」
メアリーは、ほおを少し赤らめて笑った。
―― で、テーラーには行く (呼ぶと男装しようとしているのが家の者にバレるため) ことになったものの、賭けのほうはといえば結局、私の勝ちだった。
その日の午後早く。
語学の宿題に取り組んでいると、メアリーが 「いらっしゃいましたよ!」 と興奮気味に告げてくれた。
メアリーも、ほかのメイドたちもどことなくソワソワと浮き足だってしまっているのは、彼もまたゲームでは攻略対象だったからだろう。
「卒業してすぐに会いに来てくださるなんて…… わたくしの優秀さに、いまごろ気付かれたのかしら、フォルマ先生?」
「あなたの優等生ぶりを知らない教師などおりませんでしたよ…… ともかくも、礼を失した急な訪問に応じてくださり恭悦至極に存じます、ヴィンターコリンズ令嬢」
「こちらこそ。ご来訪、心の底から嬉しく存じますわ」
私の差し出した手をとりうやうやしく挨拶するのは、柔らかな茶色の髪と瞳に銀縁眼鏡、ややほっそりした体型の理知的な年上枠である。
―― バーレント・フォルマ子爵。
複数の製薬工場を経営する2代目であり、自身も創薬の天才。学園では薬学最高クラスの講師をつとめ、孤児院への支援も欠かさない心やさしい慈善家でもある。
若くして妹を亡くしたためその面影がかぶるとかで、年下の女性には特に親切。ゲームでは、ヒロインが悪役令嬢から受けたいじめについて彼に相談すれば恋愛ルートが始まる。
私の記憶では、さして難しいルートではなかった。
『先生』 として距離を置こうとする彼にとにかくなつき、あざとく攻めおとす。それだけである。
しばしば起こる恋愛的なハプニングのたびに 『こ、これは事故ですから……!』 と耳赤くしてうつむき銀縁眼鏡をクイクイする大人イケメンが好みなら、それなりに楽しめるだろう。
ちなみにあのルートで最大の謎は、在学中にはすでに婚約者がいる生徒多数の学園でも 『先生と生徒の禁忌』 は存在するのか、ということだったのだが。答えは未だない。
とまあ、その辺は置いといて。
―― いくらゲーム内では評判の良い年上紳士に過ぎなかったとはいえ。
こちらの彼は、あのクズ王子ヨハンが使っていた媚薬の製造元社長 ―― すなわち少女たちへのクスリの使用実験を黙認し利益を得ていた人物である。
立派な私の獲物の予感。
「それで、そろそろ…… どういったご用件かお聞かせいただいても? フォルマ先生?」
応接室に用意されたティーセットを間に、しばらく卒業後の同級生たちの進路や先生がたの噂話をしたのち。
私は、小首をかしげてみせつつ本題を切り出した。
フォルマが静かにカップを置き、眼鏡ごしにこちらをじっと見つめる。
「これは極秘ですが、実は…… ヨハン王子殿下と聖女のアナンナさま、おふたりが昨晩から姿を消しているそうです。王宮では捜索隊が編成され、秘密裏に捜索が行われているとか」
なるほど、そっちから入ったか ―― 有利な情報を握っていると見せつけて、マウントをとるやり方だね。
フォルマは 「単刀直入に申し上げて」 と眼鏡を中指で押し上げた。
「おふたりの行方に関わっていますね、ヴィンターコリンズ令嬢」
「…… いきなりの断定は不快ですわね、フォルマ先生」
「これは失礼しました」
「なぜ、そのように断定されるのか、理由をおうかがいしても?」
「現場付近に、あなたの魔力痕があったと部下から報告があったのですよ、ヴィンターコリンズ令嬢」
「では先生は、報告をうのみにして、公爵の娘であるわたくしを責めにこられましたの……?」
「いえ、決してそういうわけではありませんよ」
かすかに眉根を寄せて傷ついた表情をつくってみせると、フォルマはわずかにたじろいだ。
―― 私を屈服させ利用するつもりだったなら、準備不足だね、フォルマ先生?
魔力痕とは文字どおり、魔力を使った痕跡のことだ。
この世界では魔導式と魔力石で、誰でもある程度の魔法は使用可能 ―― そして、少数の生まれつき魔力を持っている者ならば、私のようにより強力な魔法が使える。
しかし生まれつきの魔力は使うと独特の痕跡が残るため、見る者が見れば、あっさり個人特定されてしまうのだ。
私の場合は昨日、王子の馬車を突風で横転させてから狩猟の館まで魔力を使い続けだったから……
私と同じく魔力のある者なら、今日は森のいたるところに輝く紫の魔力痕を見ることができるだろう ――
だが。
それが、なにか?
「たしかにわたくしは昨日、ヨハン王子に呼ばれて森の館へ参りましたわ。道々、手持ちぶさたでしたので魔法の練習もいたしましたし…… 」
「ではやはり、ヴィンターコリンズ令嬢は失踪する前のヨハン殿下とアナンナさまに、お会いになったのですね?」
フォルマは身を乗り出して、また眼鏡をクイした。
「もしこのことが王宮に伝われば、令嬢は疑われてしまうかもしれませんね?」
「まあ…… わたくしのこと、心配してくださっているのですか、フォルマ先生」
「ええ、もちろんですよ。もし疑いが晴れなければ、あなたは最悪、おふたりの失踪に関わった犯人として捕縛されてしまうのですよ?」
「まあ、こわい」
これで脅しているつもりだとしたら、ウケる。
私は唇の両端がひきつりそうになるのを、がまんした。
「けれどフォルマ先生。心配なさるなら、ご自分の身のほうではなくて?」
「…… さて。なんのことでしょうか」
わけがわからない、といった表情をフォルマは作った。声のトーンや目付きも、先ほどと変わらない。
立場的に人前で話し慣れているせいか、すぐにボロは出さないということか……
だけど先ほどまでとは違い、眼鏡クイする指にずいぶん力がこもっているのを、私は見逃さなかった。
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