2-3. 眼鏡イケメンだろうと性格までは信用しないのって当然②

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2-3. 眼鏡イケメンだろうと性格までは信用しないのって当然②

「フォルマ先生は数年前からあの館で、ヨハン殿下やアナンナさまと、()()()()()()()()()()なさっていたんでしょう?」 「ヨハン王子殿下がそうおっしゃっていたんですか、ヴィンターコリンズ令嬢?」  ほら、やっぱりだ。  ()()()()()()()()()()()()……  知りたくてたまらないんだね、フォルマ先生? 「ヨハン殿下は、すべてを話してくださいましたわ」  私も、知りたくてたまらない。  フォルマがヨハン王子やアナンナと一緒に、どこまで()()()()()いるかを ――  紅茶のカップを取る手をわざと無作法に震わせて怒りと戸惑いと恐怖を演出しながら、私は彼の出方を待った。 「…… はっはっはっは」  一瞬の間をおいて、フォルマが笑い出す。  わざとらしいくらい爽やか、かつ陽気な声だ。 「ヴィンターコリンズ令嬢、それは王子の冗談ですよ」 「…… なにが、ですの?」 「すべてですよ。ヴィンターコリンズ令嬢は、ヨハン王子から、アナンナさまと僕と3人で不埒(ふらち)なことをしたと打ち明けられたんでしょう?」 「 ………… 」  私は上目遣いにフォルマの表情をうかがい、警戒心をあらわす。そして、おずおずとうなずいてみせる。 「ヨハン王子はよほど、スムーズに婚約破棄したいようですね。令嬢のほうから 『こんな男はイヤだ』 と言ってもらえれば、ハードルが下がると踏んだのでしょう…… と、失礼。  あなたが魅力的でないというわけではないんですよ、ヴィンターコリンズ令嬢。ただ、ヨハン王子は()の悪いことにいまになって、運命の恋に出会ってしまったのでしょう」 「ですが…… それなら、なぜヨハン殿下はフォルマ先生のことまで?」 「僕は王子に利用されたんだと思いますよ。話に信憑性(しんぴょうせい)を持たせるためには、第三者がいたほうがいい。それだけの理由でしょう…… 正直、まったく思い当たりがありませんからね」 「お気に入りの娘には、うなじに何日もかけてご自分のイニシャルを刻むのですよね、先生? 媚薬を少しずつ与えて 『もっとください』 と懇願させながら…… 良いご趣味ですこと」  フォルマのよくうごく口が、ふいをつかれて一瞬、止まった。  ―― フォルマの性癖について、私に確信があったわけではない。  ただ、ステラのうなじに彫られていた 『B』 の飾り字が、同じだと気づいただけだ。  母にも使っている、フォルマのファースト・ネームを冠した強力な鎮痛・睡眠薬 ―― 『バーレント・モルフェン』 のパッケージの 『B』 と。  それに、フォルマは王子と連絡がとれなくなってすぐに私を訪れた。  常に状況を完璧に把握せずにはおれないのは、支配欲が強い証拠 ――  わずかな情報からアタリをつけたフォルマの 『楽しみかた』 は、幸いなことにビンゴだったようだ。   そして彼ほどの嘘つきでも、性癖を暴かれるのは痛いらしい。  ―― そんなにまばたきしたら、あぶない趣味がバレちゃうよ? 「…… なんのことですか? まったく思い当たりが 「茶番はここまでにいたしましょう、フォルマ先生?」  私は立ち上がると、どん、とローテーブルに足を乗せた。  公爵令嬢にあるまじきふるまい ―― 気分いい。 「わたくしがしたいのは、新しいビジネスのお話ですの…… ヨハン王子は()()()()からことごく手を引くと明言され、あとをすべて、わたくしに託されましたわ」  ここまで、と観念したのだろうか。  それとも私を、同じ穴のなんとやら、と認識したのか ―― 先ほどまでとは違う乾いて冷たい笑いが、フォルマの口からもれた。   「ではあなたが、あの実験を引き継ぐとおっしゃるのですか、ヴィンターコリンズ令嬢?」 「いいえ。数年後には製造禁止になるものに、これ以上のコストはかけられませんわね」 「なんだと? その情報はどこから…… 」 「いくら中毒性を抑えても、あの手のクスリに依存する者は必ず現れましてよ。用法・用量を守らず大量に服用(オーバードーズ)する者、粗悪な模造薬(レプリカ)を違法に売り付ける者……  わたくしの(ヴィンターコリンズ)(公爵)がそれを見過ごすと思って? わたくしがあなたなら、媚薬の製造と開発は即刻中止し、在庫の値を吊り上げることを考えるでしょうね、フォルマ先生」 「なるほど…… たしかに検討に値するご意見です、令嬢」  長い足を組み換え、眼鏡クイするフォルマ。  お互いに手持ちのカードは見せ終わったいま、彼は私を 『敵に回すべきではない』 と評価しているはずだ。  ここで、フォルマにとっても利益になる話を持ちかける ―― 「わたくしが先生に作っていただきたいのは、解毒剤ですわ」 「解毒剤? 媚薬の?」 「いいえ。ご自慢の媚薬をどうこうしようなどと、わたくしは考えてはいませんわ、フォルマ先生」 「では……?」 「雪の精(シュネーフィー)」   私が息だけでヴィンターコリンズに伝わる毒の名を語ると、フォルマはびくりと固まった。 「それは…… なぜ僕に?」 「もちろん、フォルマ先生だからこそ、ですわ。  『雪の精(シュネーフィー)』 の詳しい製法や組成はお教えできません。けれど、一般的かつ有効な数種類の毒を組み合わせたもの、とお考えいただければ…… フォルマ先生なら、できるでしょう? 急性中毒はもちろんのこと、長期にわたり毒を服用していた場合にも効くものがほしいのです」 「しかしそれでは用途が限られすぎていて、製品化できませんね」 「もちろんですわ。あなたが得るのは、売れる新商品ではなく謝礼金だけになるでしょうね。それに、公爵家との(コネ)()()()()()()()…… 」  身を乗り出して彼の手を取り、意味ありげにほほえみかける ―― フォルマの喉仏がごくり、と上下した。    ―― 私とヨハン王子との婚約は、もはや破棄されたも同然。  ならばフォルマが公爵家に乗り込んできた理由は、犯人探しのためだけではない ――  むしろ、あわよくば私を脅して操ろうという魂胆があったからこそ、だろう。    フォルマが真に欲しいのは金ではない。金ならばわざわざ危険をおかさなくても、持っているのだから。  彼にとって金よりも価値があるのは、おそらく名誉と称賛。  そして、それらを得ることを可能にする、身分の高い妻 ――  いまフォルマは、ナメきっていた私から思わぬ返り討ちを受けて、計画を諦めかけていたはず ―― そこに、ほしいもの()が手に入る可能性を示唆(しさ)してやったのだ。  さあ、しっかりとエサに、くいつくがよかろう。 「―― 候補薬の試験は令嬢が受け持ってくださるのですね?」 「ええ。ちょうど良い試験台も、3()()ばかり手に入ったところでしてよ」 「では、契約を交わしたのち、さっそく創薬にとりかかりましょう」 「契約書なら、すぐに用意できますわ…… メアリー」  メアリーに書類を持ってきてもらい、その場で契約内容を確認しながら記入していく。 「―― これでよろしいかしら、フォルマ先生?」 「 『成功のあかつきには、ヴェロニカ・ヴィンターコリンズはバーレント・フォルマを()()()()()()()()()()()()()』 …… ここまで書いて、よろしかったのですか?」 「ええ、もちろんでしてよ…… では、契約の魔法を」  針で指先をついて血判をし、書面にあらかじめ書き込まれていた魔導式を声を揃えて読み上げる。  書類が光を放ち、ふわりと宙に浮いて、落ちた。  ―― 契約成立だ。  私たちは握手を交わす。  どんなクズでも利用できるうちは生かしておくのが、私の信条だ。  帰り際、フォルマがふと振り返った。 「ところで、お聞きしてもいいですか? ―― なぜ、解毒剤を?」 「 『雪の精(シュネーフィー)』 を完璧な存在にするために」 「おそろしいかただ」  ふっと笑うフォルマには、わかっているのだろう。  人を真に操れるのは、恐怖と絶望ではなく、希望と喜びだということが。  その後、私は遅れてエトランジュ伯爵令嬢のお茶会に出席した。  社交だなんだというが、内容はお花畑のなかのマウント取り合い ―― 退屈であくびでそう。  ヨハン王子とアナンナの失踪についての噂がでれば、さりげなく 『駆け落ち』 説をばらまこうと思っていたのだが、それもなかった。  よほど厳しく情報統制されているのかもしれない。  かわりに令嬢たちが聞きたがったのは、当然というべきか、私とヨハン王子の婚約破棄についてだ。ヨハン王子が卒業パーティーで派手にやったからね。  もはやどうでもいい、とは言えないので、私はとりあえず、憂い顔を作ってためいきをついておいた。 「わたくしはあのかたを婚約者としてお慕いしていましたのですけれど…… こうなってしまっては、しかたがありません。すっきり精算し、アナンナさまとヨハン殿下が順調に愛を育めますよう、応援しようと思っておりますのよ…… 」 「まあ…… ご立派ですわ、ヴィンターコリンズ令嬢」 「令嬢でしたら、ヨハン王子でなくとも、きっとすぐに素敵な婚約者に巡りあえましてよ」 「そのとおりですわ。美しくご身分もあり、心根の優しいおかたですもの」 「ありがとう、みなさん」  ―― ゲームのラストではアナンナ側についていたモブ令嬢のみなさんに、私は美しくほほえみかけた。  婚約破棄は宣言されていても、ゲームとは違い彼女らとの関係は良好 ―― おそらくは、私が断罪されなかったことが大きいのだろう。  ならば今のうちに、私を崇める信奉者を大勢つくれるよう振る舞っておくべき、かな。  そういう目的のゲームだと考えれば、退屈な社交も面白いかもしれない。  お茶会が終わり公爵邸に戻ると、テンからの知らせがきていた。  それによると ――  ヨハン王子とアナンナの乗った馬車の残骸(ざんがい)は、王都はずれの崖下から発見されたらしい。  その近く転がっていた4体の遺体は、いずれも頭部が大きく損傷して顔が確認できなかった ―― しかし、服装と背格好、所持品から、ヨハン王子・アナンナとその従者たち、と特定されたという。  すべて、手はずどおりだ。
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