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2-4. 好きでなくても理解はできるのが同族①
アナンナとヨハン王子、従者たちの遺体が見つかってから13日後 ――
「セラフィン殿下に、テンさん、それにメアリー。みなさん、ご助力に感謝しますわ。お疲れさまでした」
「お安いご用だっての。あとは肖像画描かせてくれんの忘れんなよ…… とま、お疲れさん!」
「お疲れさまです」
「わたしのほうこそっ。みなさん、本当にありがとうございます……!」
私たちは下町の居酒屋で、乾杯していた。
ヨハン王子とアナンナ関連の騒動の慰労会だ。
―― ここ10日ほど、テンとセラフィンは事態のフォローや調査 (という名目の証拠捏造) のために忙殺されていた。
そのかいあって、この件はめでたく 『ヨハン王子とアナンナは駆け落ちの末に事故にあい、騎士・従者ともども亡くなった』 ことになったのだ。私の魔力痕については不問。
森に私の魔力痕は残っていても、馬車が転落した崖はまったく別の場所 ――
したがって、事故と私の魔力痕とを結びつけて考える人はいなかったらしい。
―― 溺愛していた第三王子の死を国王は嘆いたが王太子はひそかに喜んだという。ライバルが消えたからね。
いずれにしろ、ふたりの駆け落ちと死は不名誉なこととして隠された。
表向きには、アナンナとヨハンはそれぞれ他国へ留学したことになったのである。もちろん、葬儀は行われない。
ちなみにヨハン王子の騎士は自ら望んで引退。故郷で料理屋を開くのだと口止め料を受け取って去っていった。
そしてアナンナの従者は名前を変えて、しれっと公爵家の使用人になっている。
―― で。
この事件でひそかに、そして迅速に動いてくれた面々にもご褒美を、というのが、今日の飲み会の趣旨だ。
ザディアスたち公爵家の騎士には別に宴会を設けるが、お先に私たちのプライベートな打ち上げを、というわけ。
「しっかしチョイスが 『悪魔の居酒屋』 たぁなぁ…… 」
乾杯のあと一気にエールを飲み干して、テンがあたりを見回した。
店内を賑わしているのは、入れ墨のある半裸のムキマッチョや、袖のないジャケットを羽織って娼婦たちと賭け事に興じている目つきの悪い ―― ひとめで、いかがわしいとわかる男たちだ。
「イカれてるな、お嬢」 と笑うテンは知らないのだろう。
ゲームのテン攻略ルートでは、ここがイベント発生場所であることを。
―― ゲームではこの店は 『宮廷画家テンの行きつけ』 なのだ。
そのためテン攻略ルートでは 『偶然の出会い』 を狙い、ヒロインはしばしばここを訪れる必要があるのだが…… よく考えれば、こんな店にしょっちゅうシケこんでいる令嬢がロクなものであるはずのない件。
案の定、男たちに絡まれる。そこをテンに助けてもらうのが、恋愛イベントの内容である。
テン 『なんでこんな場所に来たんだ!?』
回答は三択だが 『あなたに会いたくて…… 』 というベッタベタかつク○寒いものを選ばねば、好感度が下がってしまうという、ある意味ハードなイベントだった ――
まあ、それはともかくとして。
行きつけになっている裏事情はおそらく、テンが情報収集のためにしばしば利用している、といったところだろう。
「噂が立たないよう、気を遣ったからこそのチョイスでしてよ? こんなところに上品なお貴族さまはいらっしゃいませんもの」
「そもそも、ヴェロニカさま。夜遊びじゃなくてもお茶会で良かったんじゃないですか?」
私がドヤると、メアリーがツッコむ。
ツッコみつつも私の望みどおりになるよう協力してくれるのがメアリーの良いところだ。
メアリーがそれらしい服装を用意してくれたおかげで私たちはいま、どこからみてもただの街娘 ―― 帝国語で話しているので、周囲からはおそらく、帝国から来た商人と帝国人狙いの娼婦に見えているはずだ。
セラフィンは、そんな私たちのやりとりを面白そうに聞いていたが、やがてブランデーのカップをテーブルに置いた。
真剣な表情だ。
「ところで、あのお嬢さんがたは…… 以後、どうですか?」
「ステラほか3名の娘たちはみな、身体はとりあえず、回復しましたわ。けれど媚薬への依存と心の傷は ―― ゆっくり癒していくしか、ないでしょうね」
「ほかのかたは…… 」
セラフィンが気にしているのは、地下に転がされ死を待つばかりだった少女たちだ。
彼女らが第三王子に囲われることになったと、それぞれの実家に伝える役をしていたときのセラフィンは ―― このような結果になるとは考えていなかったに違いない。
だからこそ、より罪悪感を刺激されているのだろう。
彼女らの治癒回復に使えるようにと、自らの闇の魔力を込めた魔力石を届けてくれていた。忙しいなかでも、ほぼ毎日。
ステラたちの回復が早かったのは、そのおかげである。
だが、奇跡でも起こらない限り全員を救うことはできない。
「おかげさまで、数人はかなり回復しておりますわ。ですが、ほかの子たちは…… 苦しむことなく、安らかな眠りのなかで。セラフィン殿下の闇魔法のお力ですわね。ありがとうございます」
「そもそも悪いのは、あのクソ自己中野郎どもだろ? モラルのないヤツに権力持たせるなってことだよな…… あれを止めるなんて、軍隊もってきても無理だったぞきっと」
テンが悔しそうに顔をしかめつつ、あからさまに落ち込んだセラフィンを慰める。
メアリーが 「そうですよっ」 とこぶしを震わせた。
「あのふたりは百回死んでもまだ足りませんとも!」
「…… ってことは、まだ始末してないんだな」
「当然」
私はワインをひとくち含みほほえんだ。
「先日、フォルマ先生と解毒剤の開発について契約しましたの。薬の試験は、わたくしが行うことになっているのですよ…… せっかく、ちょうど良い被験体が手に入ったのですもの」
「今、被験体の毒餌を、ステラがリハビリかねて毎日、運んでるんですよ。ね、ヴェロニカさま」
メアリー、楽しそうだな……
正直言えば、私も楽しい。
「食事に入れているのは致死量の1/20。ほか、飲み水にも死なない程度に毒を入れていて、主な摂取はこちらからでしょうね。
すでに長期の中毒症状 ―― 発熱や下痢、嘔吐、手のふるえが現れはじめています…… 馬車が転倒したときの怪我もなおっていないので、地獄の苦しみでしょうかしら。
フォルマ先生の解毒剤が、どこまで効くか見物ですわね」
「汚物の処理はヨハ…… 被験体Jがやってるみたいなんですけどね、キレて被験体Aを罵ってる声が時々聞こえてるみたいですよ。Aは手足が骨折して動けないからしかたないのに……
運命の恋は、どこに行ったんでしょうね」
メアリーがくすくすと笑う。テンが 「こわっ」 とつぶやき、エールのおかわりとフライドポテトを頼んだ。
「けど、お嬢がフォルマと手を組むとは思わなかったな。あのふたりに手を貸してたのはヤツだろう?」
「ええ。ですが彼の創薬の才能は、まだ利用できるのですから…… 片付けるのは、しっかり搾り取ったあとでよろしいでしょう?」
「そっか…… でもさ、その才能自体が、俺らからすれば胡散臭いわけよー。
あのバーレント・モルフェンも、実際に作ったのはヤツの妹で、ヤツは手柄を横取りしただけって情報があるぞ?」
「妹さん? たしか、亡くなったのでは……?」
「自殺という噂がありませんでしたか? 私たちが学園の1年のとき、最上級生だったカタリナ・フォルマですよ」
「カタリナ・フォルマ…… 」
セラフィンに言われて、私は遠い記憶を探った。
「生徒会書記で才女と名高いかたでしたね。たしか、急に姿を見かけなくなったと思ったら、病死、と公表されたのでしたかしら」
「そのとおりだが、真実は自殺だろうな」
「それって…… お兄さんに手柄を横取りされたから、ってことですか?」
メアリーがフライドポテトをのみこんで不思議そうな顔をした。
―― 自殺はこの国の宗教では禁忌である。特に家門の名誉を大切にする貴族は、よほどのことがなければ自殺などしない。
一方、兄に手柄を取られたのはたしかに悔しいだろうが、実は珍しいことではない。
この国の上流階級で求められているのは、男性のステータスを誇示するための財産としての飾り物のような女性だからだ。
美しく教養高く芸に秀で、しかし決して表に出ることのないという ―― もし女性が目ざましい手柄を立てたとしても、それは婚活の邪魔になるだけ。ふざけた話だ。
ともかくも。
兄に手柄を1つ2つ横取りされるのは、この国の貴族令嬢あるある。
その程度で自殺するとは、考えにくいのだ。
テンは、困ったようにうなった。
「正直、俺からは言いにくい。なんなら、聞きに行ってみたらどうだ? カタリナの婚約者だった男…… 忙しいひとだけど、お嬢なら余裕で会ってもらえるだろ」
テンが述べた男の名に、私たちはみな、目を丸くした。
この世界では悪い意味での有名人 ―― 両親と兄と婚約者を相次いで亡くした 『呪われた伯爵』 だったからだ。
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