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2-5. 好きでなくても理解はできるのが同族②
「―― で、さまざまな店を経営しておられるクリザポール伯爵なら、みなが驚くような趣向をこらすのに、なにか良いお知恵を貸していただけるのではないかと…… お忙しいのに、相談に乗ってくださって感謝しますわ」
「いえ、当然ですよ。公爵令嬢からのオーダーとあれば、こちらとしても商売のチャンスですから」
私とメアリーの前には、片目に眼帯をした薄紫の髪の男 ―― 見えているほうの目は、きれいなスミレ色だ。
口元に愛想笑いを浮かべているのが、いかにも商売人らしい。
ゲームに出てこなかったキャラの割にはイケメンである。
ということは、制作段階でのボツキャラか…… おっとこの世界がゲームとまったく同じかは、わからないんだった。
―― 噂の 『呪われた伯爵』 リオ・テイカー・クリザポールとの面会は、テンの予想どおり、あっさりと叶った。
彼が、私の前世でいう総合商社の総帥のような立場だったからだ。
『騎士たちの慰労のための宴でなにか特別な趣向をこらしたい』 と相談を申し込めば、彼の時間をとることは、たやすかった。
夜も眠らず仕事に入れ込んでいるという彼には、1時間程度のロスはたいしたことないのかもしれない。
「家の騎士の宴のために令嬢ご自身が、というのは、なかなか得がたい話です。公爵家に仕えるかたは幸せですね」
「おそれいりますわ…… あら、こちらの 『幻術セット』 がなかなか良さそうですね」
「そちらは光魔法と風魔法の魔道具です。令嬢の風の魔力を使われれば、よりダイナミックな幻術を見せることができるでしょう」
積み上げられたカタログの1つを示すと、クリザポールがよどみなく説明する。
「…… そうね。良さそうですけれど…… ありがちかしら」
「まあ、上流階級の方々のパーティーでは好まれていますがね。目新しくされたいということでしたら、新作デザインを使う手もございます」
「新作デザインなら、いいかしら? ねえ、メアリー、どう思って? 」
「わたしは、いいと思います! だってお嬢様は見慣れてらっしゃるかもしれませんけど、騎士団で見たことのあるかたっていったら…… あのかたたちは肩こるパーティーより剣振るほうが好きっていうひとばかりですし?」
「そうね。でしたら新作デザインの幻術セットをいただきますわ。あとは、花火…… 手にもって遊べるタイプは、ありませんこと? それから、お酒は帝国からの輸入品をメインに、各地方のものをひととおり入れたいのですけれど」
「手配させましょう」
「花火もありますの?」
手持ち花火は私の前世の記憶からのリクエストで、この国では見たことがない。
意外に思ってたずねると 「つまり火花が派手に出るオモチャですよね?」 と逆に聞き返された。
「幻術に火魔法を組み込んだ魔道具を作らせれば、いかがでしょうか?」
「そうね…… ですが、火は危ないのではなくて?」
「ちょっとした危機感をも楽しむ類いのオモチャかと思ったのですが、違うんですか?」
「…… たしかに、そうとも言えますわね」
「使うのはおとなばかりですから、火は問題ないでしょう。
それから、各地の珍味などは」
「それも取り寄せていただけますの? なら、ぜひお願いしますわ」
「かしこまりました」
クリザポールがメモを書き終えて口の中で魔導式を唱えると、複数枚のメモが宙に浮かぶ。
メモはしばらくのあいだ光を放っていたが、やがて魔力が尽きたとでもいうように、1枚ずつテーブルの上に落ちていった。
「現場には伝えましたので、さほどお待たせせず、手配できる予定です」
「今のメモで? 便利ですね。どのような魔導式を使っているのでしょう?」
「令嬢なら、媒介などなくても直接、離れた場所にメッセージを伝えられるはずですよ。風の魔力を持っていらっしゃいますから」
「そうね。また調べてみますわ…… 応用すれば 『録音』 などもできそうですわね」
「録音? なんですかそれは」
「音を記録するのですわ。音に関わる風魔法と、時間に関わる光魔法 ―― 両方をうまく使えば、できませんかしら」
「ほう…… 興味深いです」
それから、私たちは 『録音装置』 について話しあった。クリザポールは乗り気で、さっそく開発してみるそうだ。
しばらくして、私はいとまを告げて立ち上がった。
「では。本日は貴重なお時間をありがとうございます、クリザポールさま」
「いえ、こちらこそ。必ずご満足いただけるものを揃えてごらんにいれましょう。 『録音装置』 もかならず。いちばんに試作品をおとどけしますよ」
「お願いします。頼りにしていますわ」
さて。
実は、ここからが本番 ――
いったんは相談を終えて帰るふりをし、クリザポールと握手をかわす。
その途中、私はふと思い出した、というように尋ねてみた。
「そういえば、クリザポールさまは異国の薬なども扱っておられましたわね? 母の容態が思わしくないものですから、もし良さそうな薬があれば教えていただきたいのですけれど」
「そうですね…… もう少し、お母上の容態を教えていただけますか?」
「臓器が弱って痩せほそり、皮膚が衰えて全身に吹き出物が出ていますの。原因はわからず、光魔法による瘴気の浄化も闇魔法による癒しも効きませんでしたわ」
「それは…… 失礼ながら、媚薬の過剰摂取による症状に似ていますね」
「よくご存知ですのね、クリザポールさま」
「ええ、ある者の邸宅で見たのですよ。彼は実験と称して…… 話がそれるので、やめておきましょう」
クリザポールは首を横に振り 「失礼しました」 と謝った。
その彼の所業が私には気になるのだが、ここで焦ってはかえって逃げられてしまいそうだ。
私は慎重に話を進めた。
「けれど、母が媚薬など使うはずがありませんわ。使用人の話では、わたくしを生んだのちに、からだが少しずつ弱りはじめた、ということですの。とても媚薬を使って楽しむ余裕など、なさそうでしょう?」
「たしかに…… では、これまでにほかの薬は?」
「滋養のためのものなら、いろいろと試したはずですわ。いまは、痛みを取り深く眠るために 『バーレント・モルフェン』 を就寝時に。それから、フォルマ先生に特効薬を創っていただくよう、依頼しておりますの」
「フォルマ…… 」
かかった。
クリザポールの黄昏をうつした湖のように静かだった瞳に一瞬、さざなみが立ったのを私は見逃さなかった。
素知らぬ顔でうなずく。
「ええ。あのバーレント・フォルマ先生ですわ。創薬の天才の…… 『バーレント・モルフェン』 を創ったかたですもの。きっと母を、救ってくださるはずですわ」
「どうですかね」
「…… え?」
驚いたように目を見張ってみせる私に、クリザポールは 「これはあくまで当方の個人的な考えにすぎませんので、お気を悪くしないでいただきたいのですが」 と前置きをしつつ、皮肉に口元を歪めた。
フォルマの名は、予想以上に 『呪われた伯爵』 の感情を刺激するもののようだ。
「あの男は天才などではありませんよ。もしも私なら、あの男にはなにがあっても創薬の依頼など…… いえ、一切、関わり合いになどならないでしょう」
「そ、それは…… どういうことですの?」
「…… ああ、いえ。これ以上は」
「ここまで言われてしまったら、気になりますわ。教えてくださるまで、帰りませんから」
私はソファに座りなおした。
クリザポールをじっと見つめ、低めの声で命令する。
「…… ぜひ、お聞かせ願えますかしら?」
催眠術にかかったように、クリザポールが腰をおろす。
もちろん私が催眠術にかけているわけではない。
彼は本当は誰かに話したくてしかたなかった ―― そこをついただけのことだ。
クリザポールは目を伏せ、深く息をついてから顔を上げ 「少し長くなりますが」 と断りを入れて語り始めた。
「最初は、彼の両親でした ―― 」
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