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2-6. 好きでなくても理解はできるのが同族③
「彼の両親は、媚薬開発実験の最初の犠牲者です」
「まあ! ご両親に? 開発中の媚薬を?」
まじにびっくりしてしまった……
フォルマについては、先日話したときに少しばかり同類のニオイを感じはした。
だが、さすがの私も両親が社会のゴミクズでない限りは、手にかけようとは思わない。
「ご両親は、なにか良くないことでもしておられたのでしょうか?」
私の疑問をクリザポールは 「いえ、立派なかたがたでしたよ」 と即座に否定した。
「彼は、両親について常日頃から、妹と才能を比べられるのがウザいと愚痴を漏らしていたんですよ ―― 私たちはいとこどうしで、両家の交流も頻繁だったのでね。昔は実の兄弟のように接していたときもあったんです」
「ウザいから媚薬の実験台にしてもかまわない、という論理なのですね」
「さあ? あれの考えることなど…… とにかく彼は研究中の薬を両親に試し、結果を見てそれを媚薬として売ることを思いついたんですよ」
「よくご存知ですのね」
「伯母たち ―― 彼の両親の葬式で、彼は私に得意気に打ち明けてきたんです。あの頃は、彼は私をある意味で信頼 ―― 意のままに使える者とナメてかかっていたのでね」
「まあ。失礼なお話ですこと」
失礼というかバカだけれど。
利用する相手に 『ナメてかかっていた』 という評価を下される時点で失敗しているね、フォルマ先生。
人を利用するのはギブアンドテイクだ。きっちりと恩を押し付け優しくしてあげて 『利用されてもかまわない』 くらいは言わせないと。
クリザポールは 「まあ、あれのヒドいところも多少は知ったうえでの付き合いでしたから。いま思えば私も、甘かったものです」 と自嘲した。
「けれど、あれは許せませんでした。彼は 『媚薬が完成したら、クリザポール商会の販路に乗せよう。あっという間に一儲けできるぞ』 と、私に話を持ちかけてきたんですよ。信じられませんでした。彼の実の両親の人格を破壊した薬なのに!」
「人格を?」
「最初の媚薬は、依存が進むと被害妄想と狂暴性が付与されるものだったんです ―― 彼の両親は依存が進むと、彼が薬を隠して渡そうとしないのだと信じ込んでしまいました。媚薬を奪おうと、彼を殺しかけたんです……
公にはあのかたたちの死因は銃の暴発とされましたが、実際にはあの男の正当防衛によるものだったんですよ」
「そんな、まさか」
「彼は私に笑いながら言ったんです。
『あのとき冷静に引鉄を引けて良かったよ。危ないところだった! …… ともかくも、それほどにも人を惹きつける作用のある薬だったのさ、僕の "アモルス" はね。毒性さえ抑えれば、売れ筋の薬になることは間違いない!』
―― 私は、怒りました。
『君の創った薬をクリザポールで売ることは一切ない。悪魔の薬にそれ以上こだわるなら、君とは縁を切る』 とね」
そのときの感情を思い出しているのだろう。
クリザポールのすみれ色の片目は、冷たく凍えるようだった。
「そのとき、彼は親しげに私の肩を抱き 『まあ、そう怒るなよ。君だっていつかは、僕の薬を売りたくなるはずさ…… きっと、すぐにね』 と、ささやいてきました。
そんな彼を私は 『いまは君と話そうとは思わない』 と冷たくあしらったんですがね。
彼は 『まいったな』 と肩をすくめただけで、反省するそぶりは一切、見られなかったんですよ」
「ちっとも反省していなかったんでしょうね、きっと」
「そのとおりです…… そして半月後」
クリザポールの握りしめたこぶしが、わずかに震えている。
「私たちは一家で馬車に乗っていて、事故にあいました。両親と兄は、私の目の前で亡くなりました」
「お気の毒に…… まさか、それも……?」
「彼は馬丁にひそかに媚薬を渡していたのですよ。当時はまだ気づいていませんでしたが、産みの親を実験台にし始めたとほぼ同時期に、彼は我が家の使用人にも手を出していたんです……
媚薬ほしさに馬丁は、彼に言われるままに馬車の車輪に細工しました。彼が私たち一家を、家に招待したその日にね」
「あらかじめ計画されていたのですね」
「そうとしか考えられません。ですがあのときは、私だけでも助かってよかったと、彼は泣いて喜んでみせたんです。私はまた、彼を信用してしまいました」
「そうでしたのね…… 」
そのときのフォルマ先生は、さぞかし楽しかったことだろう ――
私は痛ましい表情を作りながらも、想像する。
―― クリザポールは彼にとって最高の、大好きなオモチャ。
だからクリザポールの無事を喜んだのは、きっと心底からの真実で…… だが、むろんフォルマは計算していたはずだ。
―― それでクリザポールの信頼を再び取り戻せる、と。
「私たちは、彼の両親が亡くなる前よりも頻繁に、交流しはじめました。ひとりになった私を、彼はよく食事に招いてくれて…… 私はまったく疑わずに時間をやりくりしては、のこのこと出掛けていたんです。
そのうち、カタリナ ―― 彼の妹が、女性として気になるようになり…… 私たちは婚約しました」
「カタリナさんはとても優秀なかただったと、噂に聞いております」
「はい。カタリナは才能あふれる、美しい女性でした。学園に入学する以前から、すでに数種の薬を世に出していたほどですからね」
「まあ! 入学する以前といいますと…… 12、3歳ではありませんか。素晴らしいですわ」
「はい。真の天才といえば、カタリナにほかなりません。 『モルフェン』 を創ったのは彼女なんですよ。私が馬車の事故以来、不眠症に苦しむのを救ってくれようと…… これが、その第1号です」
クリザポールはスーツの内ポケットからハンカチの包みを取り出し、開けてみせてくれた。
暗い緑色の小瓶。中央に貼られたラベルには、手書きの繊細な文字で 『夢の神』 とある。
「 『モルフェン』 はフォルマ先生が創ったものだとばかり…… 」
「あれにそんな才能はないですね。媚薬に取りつかれる以前に、まともな薬を創ったことなどないんですよ、彼は」
「そうだったのですね…… では妹さんが亡くなったので 『モルフェン』 をフォルマ先生の作品として売り出したのでしょうか」
「逆ですよ。あの男は 『モルフェン』 をわがものにするために、実の妹にまで媚薬を盛ったんです…… ある日の夕食に招かれて、私は、それを知りました…… 」
クリザポールの声が涙でにじみ、くいしばった歯から嗚咽がもれた。
「あの、おつらいのでしたらもう…… 」
「いえ、ヴィンターコリンズ令嬢、あなたには知っておいていただかなければ…… 令嬢が信用して大きな仕事を依頼した男が、どれほどの悪魔かということをね」
クリザポールが途切れ途切れに語ったところによると ――
その日、クリザポールはフォルマから 『とっておきのディナーなんだ。一緒に楽しもう』 と招待を受けたという。
だがその日の食事には、フォルマの妹カタリナの姿が見えなかった。
食事は美食家のフォルマらしく美味いものの、アミューズ、前菜、スープ…… 特に代わり映えのないコースが続いていた。
『メインがとっておきなんだ。君のために用意した、最高の雌豚だよ』 というフォルマに、クリザポールも 『それは楽しみだ』 と応じた。
そしてメインの肉料理に運ばれてきたのは ――
「首輪をつけて…… 四つ這いになった、カタリナだったんです……! ヤツは…… っ 『さあ、存分に楽しんでくれたまえ。全身舐めてやるとものすごく喜んでイイ声を上げるよ』 と……
私はたまらず、その場から逃げ帰ってしまい…… 翌日、カタリナが亡くなったとの知らせが届きました…… カタリナは…… 私が贈った青いドレスを着て…… 毒を…… 」
悲劇そのものの声をクリザポールはあげるが、私からすれば、なんというかまあ予想どおりである。
前々振りのあたりで、そうなるだろうなと思っていた ―― が、とりあえず空気にあわせて表情を作り続けておく。
クリザポールの気持ちを認識していないわけではないからだ。ただ、共感できないだけで。
「こちらが、カタリナが私にあてた遺書です」
「読ませていただいても? 」
「はい…… 」
ラベルと同じ繊細な文字が並ぶ遺書に私は目を通す。
―― カタリナは、自殺で間違いなかった。
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