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1-1. 転生か脳の異常かって当事者には割とどっちでもいい①
【ヴェロニカ視点・一人称】
「おまえがアナンナを階段から突き落としたんだな、ヴェロニカ!」
目がさめたら、わめいている婚約者の顔がすぐ近くにあった。
薄い金色の髪に水色の瞳、女性よりもきれいな顔の第三王子。
そばではピンク色の髪の小動物系美少女が、赤い瞳を潤ませている。
「ヨハン王子、許してあげてぇっ。ヴェロニカさんだって、悪気があったわけじゃないんですよぅ?」
なるほど。私は了解した。
―― これは 『第三王子ルート』 だ。 『光の花の聖女さま~魔法学園で咲かせる恋の華~』 という、ゆるふわな乙女ゲームの。
そして私は、ヒロインのライバル役の公爵令嬢、ヴェロニカ・ヴィンターコリンズ。
一般に 『悪役令嬢』 と呼ばれるその名のとおり、8人いる攻略対象のどのルートでも悪役としてヒロインの前に立ちはだかる。
―― ゲームのみならず、転生設定までベタベタだ。
もし、いま私が置かれている状況が、前世の記憶どおりのものならば、だが。
まさか獄中で腐るほど読んだ、生徒から差し入れのラノベみたいなことになるとは…… 自殺する前までは、予想もしなかった。
私の前世は、神城彩加という体操コーチだった。
国体への出場経験があり、メディアでも 『美しすぎる体操コーチ』 と紹介されたことがある。
順風満帆の人生と言って良かった。
ある男を毒殺したのがばれて、警察に逮捕されるまでは。
取り調べがかったるいのと、それはそれで面白そうなので、それまでに行った19件の殺人についてすべてさっくり自供してみたところ ――
生徒の話によると世間はものすごい騒動になり、私は 『美しすぎる体操コーチ』 ではなく 『美しすぎるサイコパス殺人鬼』 と呼ばれるようになったらしい。
裁判であっという間に死刑が決まり、いつ死刑になるかが注目されるなか…… 私は最後の 『ざまぁ』 として自らを殺した。
愉快な人生だった。
もちろん、不愉快なこともないわけではなかったが。
なかでも特に不愉快だったのは、胸くそ悪くなるような犯罪をしながらものうのうと生きている連中。
しかし彼らは社会のゴミクズとして、私にできうる限り掃除してきた ―― それが世間的には 『サイコパス殺人』 だの 『シリアルキリング』 だのと呼ばれようとも、私は正しかったといまでも思う。
社会をきれいにする行為は清々しく気持ちいいものなので、そういう意味では楽しかったし、後悔もしていない。
後悔しているとしたら、たった19人しかゴミ処理できなかったことくらいだろうか。
―― ちなみに今では、もうひとつ、後悔することがある。
私が自殺したあとの、世間の反応を見られなかったことだ。
“ これで20人目だ心臓にじりりと針さす ”
最後には辞世の句 (自由律俳句) まで詠んだのに。刑務所員の裏をかいて針を手に入れたことをも含め、会心の出来なのに。
―― なぜだか起きたら、中学生だったころにハマっていた乙女ゲームの世界だった。
というより、私、ヴェロニカ・ヴィンターコリンズが、階段から落ちて打ち所が悪く気を失ってしまったときに前世を思い出し、そちらに引きずられていると解釈すべきか。
ヴィンターコリンズ公爵令嬢として生まれ育ったこれまでの記憶はあるのに、性格やものの考え方はほとんど、前世の神城彩加になっている。
たとえば、いまの私は、覚えてはいるが理解できていない。
―― ヴェロニカが、ヒロインのアナンナと階段から落ちてしまったのが、彼女を助けようとしたからだということが。
ゲームをプレイしていたときには見えていなかった真実。
ヴェロニカは、ただのバカで立ち回りのヘタな悪役令嬢ではなかった。
公爵令嬢としてはいかがなものかと思われるほどに、お人よしでもあったのだ。
そのお人よしのせいで、善意から出た不器用な行動が悪意解釈されているのに、なにも反撃せずに黙って耐えていたのである。
私はこういう人、大好きだけど。利用しやすそうで。
でも、それがこれまでの私自身となると ――
話は、別だ。
バカだとしか思えないし、そのバカを利用しおとしいれようとする連中など死んで当然とも思う。
―― 今、私の目の前にも、明らかにそんな連中がひとり、いや、ふたり。
「ヴェロニカさんだって、わざとじゃないのよぅ。許してあげて、ヨハンさまぁ」
「ふん…… アナンナは、やさしすぎるよ。悪はきちんとこらしめるべきだろう?」
あーあ。ヒロインちゃん、演技ヘタすぎ。
口元がニヤッてしてるよ、ニヤッて。
私はうつむいて、前世で生徒のひとりが義理の父親の変態的なセックスの犠牲になって亡くなったときのことを思い出した。
―― ヴェロニカになったせいか、神城彩加だったときには感じなかった胸の痛みを覚える。涙が出やすくて便利だ。
「神さま、ありがとうございます。アナンナさんに、お怪我がなくて、本当に、良うございました…… 」
涙ながらに神さまに祈りを捧げ、礼を述べる。
予想外だったのだろう。
ヨハン王子とアナンナはぎょっとしたように固まった。
「そっ…… そんな演技をしたって、無駄だ、ヴェロニカ! アナンナはヴェロニカに突き落とされたと言っているんだぞ! アナンナ、そうだな!?」
「えっ、ええ、そのとおりですぅ、ヨハン王子…… あ、アナンナ、こわかった…… 」
はい、両手で顔を覆ってる時点で嘘泣き決定ね、アナンナちゃん。
あとね、喧嘩はまともにやりとりした時点で負けなのよ。
「わたくし、アナンナさんがご自分で勝手に落ちてしまうのを上手にとめられませんでしたから…… けれど、わたくしが下敷きになれてようございましたわ。おかげでアナンナさんはご無事ですもの。ああ神さま、本当に感謝いたします」
涙をぽろぽろと流しながら上に顔を向けると、ベッドの天蓋が目に入った。夜空の星を織り込んだ紺碧の絹。
さすが公爵令嬢、なかなかいいものを使っている。
「…… あくまで犯行を認めない気だな、ヴェロニカ」
「アナンナさん? 今日は、早くお帰りになって安静にね? どこもお怪我がなかったとはいえ、学園の大階段から落ちてしまったんですもの。なにか後遺症がでてくることもあるかもしれませんわ」
「あ、あの…… ありがとうございます、ヴェロニカさん」
「よくってよ。念のためにあとで、公爵家の侍医をよこしますわね。もしなにか不調がありましたら、いつでもお言いになって?」
「はい…… ありがとうございます」
ここで異議を唱えたらマズいのがわかっているあたり、さすがヒロインだ。
ヨハン王子はアナンナの腰を抱きよせ、悔しそうに 「証拠を集めて絶対に断罪してやる!」 とわめいて帰っていった。
そういうことは黙って実行するからこそ報復になるのに、ご存じないのだろうか。
おかわいいことだ。
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