1-2. 転生か脳の異常かって当事者には割とどっちでもいい②

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1-2. 転生か脳の異常かって当事者には割とどっちでもいい②

 私が転生したのは、中学生のころハマっていたとある乙女ゲームにそっくりな世界。  『光の花の聖女さま~魔法学園で咲かせる恋の華~』 というタイトルの恋愛シミュレーションゲームだった。舞台は、絶対王政下で貴族が権益をほしいままにしている割かしあるあるな設定の異世界ものだ。  ヒロインは平民の女の子で、光の魔力を持つ聖女候補 ――  彼女は、某子爵家の養女となって貴族しか入れない学園に入学し 『聖女修行に恋にハリキっちゃう♡ キラキラの学園生活♡ 』 (キャッチコピー) を送る。  そのハリキリかたによりストーリーが分岐し、プレイのたびに違うエンディングを迎えるのである。  攻略対象は8人。いずれもシャラララー、と効果音が響いてきそうなイケメンぞろいだが、もちろん性格も好みも違う。  いま思えば当然だけれど、あるキャラの好感度を上げる選択肢がほかのキャラの好感度をガン下げることもある。  なるほど人を意のままに動かすためには、その人にぴったりの言動をしてあげねばならぬものなのだ ―― これが、当時中学生だった私がこのゲームから学んだことだった。  イケメンたちがほおを赤らめたりほほえんだりしながら嘘寒いセリフを吐くシーンには1ミリも心動かなかったが、それでも私はこのゲームをやりこんだ。セルフ攻略本まで作ったほどに。  ―― だがそれは、今世ではあまり役に立たなさそうである。  なぜなら私はヒロインではなく (ベタすぎて笑えるが) 悪役令嬢に転生し、しかもストーリーはもはや確実に第三王子ルートの終盤なのだから。  第三王子のヨハンはゲーム中では、生徒会長をつとめる成績優秀・品行方正・人気絶大なイケメンだったが私はあまり好きではなかった。条件が揃いすぎていて、うさんくさいのだ。  『この正義面を歪ませてやりたい』 と散々いたぶったあげく、ルート攻略途中でフェイドアウトされバッドエンドを迎えた思い出。  ―― ともかくもいまは、学園生活3年目の後半である。  いくらルートが気に入らなくても、状況はもはや、私がどうこうできる段階ではない。  階段からヒロインが落ちたら、悪役令嬢としての残されたイベントはあとひとつ ――  卒業パーティーで婚約破棄・断罪されるだけなのだ。叩き折るべきフラグすら、残っていない。  だが、それでも。  婚約破棄はともかくとして、断罪されるのだけは避けなければならない。  なぜなら、ゲームが終わったとしても、この世界は終わりそうにないからだ。  エンディング後の長い人生を、たいしてイベントも起こらぬ離島にただひとり島流しにされて畑を開墾するのでは面白くない。  私はとにかく、人間がたくさんいる場所のほうが好きなんである。 「誰かいて?」 「お(そば)に」 「入ってくださいな。頼みたいことがありますの」 「はい」  第三王子とヒロインのアナンナが帰って、しばらく。  呼んでみると、若い男性が部屋に入ってきて私の前で膝をついた。  背が高く、広い肩幅と筋肉質の身体。やや長めの青の髪と金色の瞳、整った精悍な顔立ち ―― ゲームの攻略対象のひとり、 『氷の騎士』 ことザディアス・レイだ。  ヒロインたちより1学年先輩で、去年に騎士科を卒業したのち悪役令嬢ヴェロニカの (つまり私の) 護衛騎士として公爵家に雇われた。  ちなみにゲームではヒロインが護衛騎士ルートに進むと、自分の騎士をとられるという焦りや悔しさのせいだろうか。ヴェロニカの言動はことさらひどくなる。  ザディアスは最初はヴェロニカを諌めているが最終的には文字通り彼女を斬り捨ててしまう。別名・裏切り者ルートだ。  このルートでは、ザディアスとの恋愛がうまくいっていても他の攻略対象全員からの協力が得られなければ、ザディアスは公爵令嬢殺害の罪で処刑されバッド・エンドを迎える。  つまりはほかの攻略対象とも満遍なく仲良くしておきつつ、ザディアスを攻略していかなければならぬ…… かなり難易度の高いルートなのだ。  たかだか騎士ふぜいにこの気合いの入れよう ―― きっと制作サイドは王子よりも騎士推しだったのだろう。  私がもっとも熱中したのも、この裏切り者ルートだった。懐かしい。  さて、話を戻そう。  いま、私が呼んで現れたのは護衛騎士。  この世界では高位貴族の令嬢でも専属執事はつかない。その役割はおもに専属侍女が担い、護衛騎士がサポートすることになっている ―― という、ヴェロニカの記憶どおりだ。  余談だがヴェロニカの記憶には、護衛騎士と専属侍女の名前がない。 『騎士』 『侍女』 でこと足りる、と考えていたようで ―― うん、斬り捨てられても仕方ないね。 「ザディアス、調べてほしいことがあるのですけれど」 「は。なんなりとお申し付けください」  ザディアスの顔に衝撃が走った。  お嬢さまに初めて、しかもいきなりファーストネームで呼ばれたんだものね。  もしこれがゲームなら、好感度が +10はされているだろう。彼は面倒見がよく頼りがいがあるタイプだが、言動の端々に忠犬ぽさが漂っていたから。  私はザディアスに近づき、耳元でささやいた。 「第三王子とアナンナ・リスベルについて調べてくださいな。自分たちのことしか考えていないお花畑ですもの。叩けばホコリの1つや2つ、出るはずですよ」 「かしこまりました」  頭を垂れるザディアスの耳は、わかりやすく赤かった。  ザディアスが去ると入れ違いに、侍女のドリスが侍医を案内してやってきた。  ドリスは私より1歳下の専属侍女で、学園に一緒に通って身の回りの世話をしてくれている。黄色の髪と瞳の、ダイナマイツな胸と尻を持ったぽっちゃりさんだ。  そして、ゲームラストの断罪劇では 『ヴェロニカが階段からヒロインを突き落とした』 と証言する役 ――  これから先がゲームどおりになるとすれば、だが。  仮に未来がそうなるとするならば、ドリスをそんな行動に駆り立てる真の理由が、なにかあるはずだ。  ―― 第三王子やアナンナから謝礼がでるのかもしれない。  または、ドリスが公爵の愛人の娘、という公式設定が理由とも考えられる。  ヴェロニカさえいなくなれば公爵家に認知されていない自分にもワンチャンある、とドリスが考えているとしたら、突如の裏切りにも納得がいくのではないだろうか。  ―― さて、ならば、ヴェロニカとしては彼女をどう 『攻略』 するか ――  侍医の診断を受けているあいだ、そして安静にしているよう言われた3日間、私はドリスをなるべくそばに置いて観察し、考えた。  結論は ―― 出なかった。  悪役令嬢サイドのキャラは、情報が少なすぎるのだ。  わかったのは、ドリスは簡単には懐柔できないだろう、ということ程度だった。  ドリスがヴェロニカに対して抱く恨みは、強くはないがかなり根深そうなのである。 (あと、ひましているあいだにヴェロニカの属性魔力である風の魔法で跳躍力を激上げられることもわかった。もちろんドリスの問題には全然、関係ない)  しかし断罪回避のための調査に、進展が全くなかったわけじゃない。  5日後にはザディアスが、ひとりの女生徒との面会を取り付けてくれていた。  
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