1-4. フラグ折らずとも断罪は回避できるのが権力というもの①

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1-4. フラグ折らずとも断罪は回避できるのが権力というもの①

 卒業式はとどこおりなく終わった。  生徒代表として挨拶したのは、私ではなくヒロインのアナンナ。  挨拶のまえに聖女認定されていたので、流れはゲームの第三王子ルート (ハッピーエンド) どおりだ。  ちなみに第三王子は生徒会長だったが王族として挨拶するので、生徒代表にはならない。  ゲームでは王子の挨拶は思いっきり省略されているが、実際にきいてみると、案外まともなことを言っていた。  こんなにきちんと挨拶できるひとがなぜ、卒業パーティー中に公衆の面前で公爵令嬢を婚約破棄かつ断罪、などという浅はかな行動に出るのか ―― (1) 挨拶文は誰かの代筆で、本人は読みあげただけのアホ。  (2) あれはゲームの中だからこそ起こったことで、この世界の第三王子はやらない。 (3) 浅はかに見えて実は裏がある。  考えられるのはこの3つ。  だが(2) 『ゲームの中でのみのイベント』 案は、すぐにボツになった。  つまり、卒業式のあとのパーティーで、普通にヤツは言ったのだ。 「公爵令嬢ヴェロニカ・ヴィンターコリンズ! おまえとの婚約を破棄する!」  やはりここはゲームの世界のようだ、と実感できる 『ラスト直前☆あるある婚約破棄』 ―― 退屈であくびでそう。  だが、あくびするより思いきり被害者ぶるほうが周囲の同情票が入ることは間違いない。  私は前世で生徒が同僚のコーチにレイプされかけているのを発見したシーンを思い出してみた。  あのときの私は 『ゴミクズ(えもの)発見』 とワクワクしていただけだったが、今はやはりヴェロニカの感情にわずかに身体が引きずられている。  腹の底から胸になにか重たいものが突きあげる…… これは 『怒り』 か。  そして背筋がゾクッと緊張するような感覚。 『嫌悪』 や 『恐怖』 といったものだろうか。  うまく表情にも出ているといいが。   「そんな…… 理由を、お聞かせ願えませんでしょうか、ヨハン殿下」   「おまえは取り巻きたちとアナンナを嘲笑っただろう! そしてアナンナをいじめさせたのだ! 礼儀作法がなってない平民あがりだと!」  ああー。たしかに以前のヴェロニカ()は、取り巻き令嬢たちの陰口に困りながら追従笑いしてたこともあったわ。  いま思えば、そこは困るんじゃなくてキッパリ止めなきゃならないとこだった。  いくら以前のヴェロニカ()に悪意はなくても、取り巻きたちは 『その笑いGOサインね』 と解釈して()()()()()からね。  だがここで、それを認めるバカはいない。   「嘲笑ったりなどと、そんな……! わたくしたちはただ、貴族として気になる振る舞いを注意しただけですわ…… あのまま放っておいては、アナンナさんが笑い者になるだけですもの」 「それだけではないだろう! おまえはアナンナに嫉妬していたんだ! だから、彼女を階段から突き落としたのだろう!?」 「そんな……! あれは、アナンナさんが勝手に落ちてしまいそうになるのを、止めようとしただけ…… わたくしがアナンナさんの下敷きになって頭を打ったことは、ヨハン殿下とてご存じのはずではありませんか?」 「ふっ…… 証人はちゃんといるぞ ―― ドリス・トレイター! 前へ!」 「はい! 証言します!」  ショッキングピンクのドレスをまとったダイナマイツなぽっちゃりさんが前に進みでてきた。  ドリス ―― やはり、攻略失敗なのか。  パーティー直前にちょっと無理やりメイクを施してあげた程度では、懐柔できなかったようだ。 「この女は ―― 」  ドリスは私を憎らしげににらみつけ、指さした。 「この女は、アナンナさんを階段から突き落としたうえで、自分に疑いがかからないよう、わざと一緒に落ちたのです!」 「嘘を言わないで、ドリス!」  ここまではゲームどおり。だが、私はゲームのキャラとは違う。金切り声をあげて怒り狂うなんて愚かなマネ、するわけない。 「このような嘘を言われてしまうのも、これまでわたくしが至らぬ主人だったせいでしょう…… ですけれど、わたくしは…… 神に誓って、アナンナさんを階段から突き落としたりはしていません」  うつむいて涙を流す。  今さらだが、いかにも悪役令嬢っぽい派手顔にスリットの入った悪女ドレスを装着中とはいえヴェロニカは基本、超がつくほどの美少女 ―― キツめな外見と可憐な涙とのギャップに、会場の皆さんが萌えてくだされば本望だ。  たじろいだヨハン王子は、さくさく断罪を進めようと思ったのだろう。大声で兵を呼んだ。 「衛兵! 衛兵!!! 衛兵ぇえええ!!! …… どうして誰もこないんだ」 「さあ? 学園内だから、では、ありませんの?」  しゃくりあげながらすっとぼける私を、ヨハン王子がいまいましそうに見て、舌打ちした。 「誰かっ! この女をとらえろ!」  誰も動かないのは、妾腹の第三王子と宰相を父に持つ公爵令嬢とを(はかり)にかけた結果だろう。予想の範囲内だ。  ヨハン王子が再び舌打ちして黙るのを待って、私は話を戻した。 「それに…… アナンナさんの名誉のために黙っておりましたけれど…… わたくし、実は()()()()の…… 」 「ふんっ、ざれ言を…… いったい何を見たというのだ」  ヨハン王子が鼻で笑ってみせるが、会場の空気は完全にこっち。美少女の涙の威力すごい。 「あのとき、アナンナさんの背後に、たくさんの少女の亡霊が…… 」  ひっ、とあちこちで悲鳴があがる。  ―― アナンナと関わって姿を消した侍女科の生徒たちがすでに亡くなっているという確証はない。なにしろ失踪じたいが揉み消されて、噂にもなっていないのだから。  けれども不信感を抱いていたのはきっと、情報提供してくれたメアリーだけではないはず。  それならば、と私は予想していた。  その不安を刺激するだけで、みんなは勝手にアナンナの犯罪を()()()()()()()()だろう ――  読みは、あたっていたようだ。  なにより、アナンナの表情。ぱっと見には 『急に身に覚えがないこと言われて困ってますぅ』 といった感じに作っているのはさすが。  けど、目がほんのわずかに泳いじゃってるね?  脳内ではおそらく、どう出るのが正解かを高速シミュレーションしているのだろう。  私とアナンナ。()()()()()()()()()()()()()()()() ――  アナンナが 「そんな…… あれは()()()()()と、いうの……? 」 とつぶやき、フラッとよろける。   『少女たちの亡霊』 を 『(のろ)い』 とし、問題をずらしたのだ。なかなかやるな。  すかさず支えにきたヨハン王子にだらしなく身体を預けたまま、アナンナはせつせつと訴えかけた。 「アナンナはぁ……っ! それほどまでに、嫌われて、いたんでしょうかぁ…… 一生懸命にやってきたのにぃ…… 平民あがりというだけでぇっ!」 「ヴェロニカの言うことなど信用するな、アナンナ。おまえだって、ヴェロニカに突き落とされたと言っていたではないか!」 「いいえ、きっとアナンナの勘違いだったんですぅ…… ヴェロニカさんが誰かを突き落とすなんて、するはずないもの。アナンナが、間違えて足を滑らせてしまっただけだわ。ごめんなさい、ヴェロニカさん。とってもご迷惑をおかけしましたぁ…… 」 「そんな! アナンナ!」  ヨハン王子はわめくが、この場ではアナンナが正解だ。女生徒失踪事件にこれ以上、注目されたくなければ、階段事件をもなかったことにして終わらせるしかない。  もっとも、この選択をしたことでアナンナは、私にとっては犯人(ゴミクズ)確定なわけだけれど。 「いいのよ、アナンナさん。誤解がとけて、なによりですわ」  私は優しくほほえんでみせた。  社会のゴミクズをいたぶる…… こんな楽しいこと、これでおしまいにできるわけがない。  アナンナとヨハン王子には、もっと墓穴を掘っていただかなければ。 「それより、気になりますわね。あのとき、アナンナさんの背後にいた()()()()()()()は何だったのでしょう? なぜ、アナンナさんを突き落としたりしたのでしょうか?」 「そんなの…… アナンナだって、知りたいですぅ! (のろ)いをかけられるほど嫌われるなんて…… アナンナ、なにか悪かったんでしょうか…… 」 「もしかして、聖女だからではないか?」  ヨハン王子がハッとしたように両手を打った。ドヤ顔だ。 「アナンナが正式に聖女に認定される前から、光の国に旅立てない亡霊たちはアナンナの清らかな魂と光魔法の力に惹かれ、救いを求めていたのだろう!」 「なるほど、さすがはヨハン王子殿下。ご慧眼でいらっしゃいますこと」  あーあ。ヨハン王子ったら、もう(笑)  せっかくアナンナちゃんが 『誰かの(のろ)い ⇒ ヴェロニカが嫉妬のあまり呪術師を使った (違法) 』 って流れに持っていきたくて頑張ってるのに、ねえ? 「そうしますと、神聖なるこの学園に、浮かばれない大量の亡霊がさまよっていた、ということになりますわね? あってはならない事態ではなくて?」 「うう、確かに…… 」 「そういえば、侍女科のほうで幾人も姿を消した生徒がいるとの噂を、ききましたわ。もしかして」 「……! そんなものはつまらぬ噂だ! 出所は、のちほど調査させる!」  ヨハン王子ったら、またまた(笑)  アナンナの歯をくいしばった口の動きをよく見れば、 『このバカ』 と言っているようだった。ウケる。  ―― まあ、今日のところはこの辺でいいか。  婚約破棄はむしろ大歓迎なので、それだけ承る旨を告げてさっさと去ろう。  そう考えたとき。  聞き覚えのある声が、パーティー会場に響いた。 「失礼ながら、その件! アナンナ・リスベル子爵令嬢が関わっているかと思われます!」  アナンナをまっすぐに指差していたのは、初夏の草原のような色の髪と瞳の令嬢 ――  侍女科のメアリー・オーフェルンだった。
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