5-7. 婚約者との午後は好みのコーヒーとわるだくみで③

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5-7. 婚約者との午後は好みのコーヒーとわるだくみで③

【マルガレーテ (前王母) 視点】 「マルガレーテさま。また、そのようなものをご覧になって…… 」 「心配しないで、ニナ。眺めていると落ち着く…… それだけの話ですから」  マルガレーテは武骨な金属の腕輪を丁寧に布でくるんで机の引き出しに入れ、鍵をかけた。  背後では侍女のニナが、ほっとしたように息をついている。 『おしゃべりな侍女に、この腕輪の中身をこっそり明かされると良いでしょう』  宰相の指示に従い、ニナに毒のことを打ち明けたのは正解だったようだ。  釈放されたリザを冷たくあしらった、あのあと ――  マルガレーテはわざと自室の机のうえに腕輪を置いておき、側仕えの侍女たちを全員呼んで散歩に出た。  戻って確認すると、腕輪の中身は半分減っており、机に少し白い粉がこぼれていた。  これもすべて、宰相が腕輪とともによこした指示どおり ―― 『サープ(セラフィン)と娘には、結婚式前夜をあなたの教会で過ごすよう進言しています。亡き国王2人を忘れぬために、との忠告を、ふたりは素直に聞いておりました。  ―― あとは、あなたは何もせずとも、すべて。  あのメイドが勝手にやるでしょう。  もし失敗しても、あのメイドはあなたの名を出したりはしますまい ―― 忠実な使用人は、持つものですな』  すでに燃やしてしまったメモを、マルガレーテは頭のなかで読みなおす。  ―― もし万一、リザが失敗したならば……  『一切関係ないと言い張り、信じていたのに裏切られたと嘆いてみせ、彼女に対して厳罰を望まれるのがよろしいでしょう ―― すべて、あのメイドの責任にするのです』  ―― そうまでされても、リザがマルガレーテの名を出さない保障は…… 果たして、あるのだろうか? (そうですね…… 失敗したら。いえ、成功しても。あの子は…… また、宰相に相談しなければなりませんね…… )  ナサニエルを勝手に慕い、まとわりついていたメイドだ。  究極の話、すべてはナサニエルの出生の秘密と名誉を守るためなのだから……  もしも宰相が賛同するなら、彼女も喜んで生命を捧げるべきではないか ――  そこまで考えて、マルガレーテはほっと息をついた。  背後でニナが、けげんそうに首をかしげる。  ―― つい先ほどマルガレーテは、散歩から戻ったところを、国王(セラフィン)の侍従のひとりにつかまったばかりだった。  彼がニナのあるじに告げたのは、5日後にせまった国王の結婚に関すること。  ナサニエル(前国王)が亡くなってさほど時間が経っていないのに、予定は変更できないからと行われる結婚式である。  ニナもそばで聞いていたが、多少、無神経ではないかとは思った。  ―― いまのあるじの態度を見るに、やはり、気にくわなかったのだろうか。 「マルガレーテさま? さきほどのお話、お気に召さないのならば、お断りされてもいいのでは…… 」 「国王陛下が、結婚式前夜を城の聖堂ではなく、この教会で過ごす件のことですか? 別にかまいませんよ…… わたくしたちは、立ち退()いたりしなくても良いのでしたね?」 「はい。その必要は、ないそうです。令嬢とおふたり、小礼拝堂にこもるだけですので、マルガレーテさまは特になにもしなくて良いと…… 」  結婚式の前夜に聖堂にこもって一晩中、神に祈りを捧げるのはこの国の風習である。神から結婚の許しを得るためだ。  ―― もっとも、彼らがそこで実際は何をしているかはそれこそ、神のみぞ知る、といったところだけれど。 「なにもしなくても良い、とは言っても、夜食の用意ていどは、せねばならぬでしょう。明日、厨房に伝えておくように」 「かしこまりました」 「よろしくね。もう休みますから、さがりなさい」 「はい。お休みなさいませ、マルガレーテさま」  侍女がさがると、高い天井からのしかかるように静寂が降りてきた。  マルガレーテはベッドに入り、身体をまるめて手で耳をふさぎ、ぎゅっと目を閉じる。  あと、7日 ――  もしも国王(セラフィン)たちが予定どおりに式前の夜をこの教会で過ごすならば。  7日後の明け方、小礼拝堂には冷たくなった(むくろ)がふたつ、転がっていることだろう。  国王の結婚が神の意に添わず、祈りが受け入れられなかった結果 ―― 宰相はそう公表するに違いなく、死因が深く探られることはないだろう。  宰相は彼の望みどおり王位を継ぐだろうし、そうすればしばらくは、マルガレーテに恐ろしいことを言ってはこないだろう。永遠にではないかも、しれないけれど。 (とにかく。このような思いをさせられるのも、あと7日の()()()()です…… )  マルガレーテはベッドのなかで身を縮めたまま、己に言い聞かせた。  ―― 悪いのはすべて宰相であり、自分はいつだって、ただ操られるだけの(あわ)れな人形にすぎないのだ …… ※※※※※※ 【リザ・カツェル視点】 「こんなしごとばっかりじゃ、いつまでたっても側仕えに戻れないわ」  リザは皿を次々と洗いながら、イライラとひとりごとをもらした。  保釈されてから、4日 ――  ―― 首尾よく毒を盗めたのは良いけれど、使う機会にはいっこうに恵まれない。  リザが厨房で与えられた仕事は、皿洗いに薪運び、床磨き ―― 城とは違い、使用人の数が少ない教会は忙しい。そして国王は、こちらに姿を見せることすらない。 (このままじゃ、一生下働きじゃないのお!)  不満をぶつけるようにガチャガチャと皿を重ねていると、ふいに 「こら! 扱いが荒い!」 と頭をはたかれた。  先輩のメイドだ。ずっと下働きで、妃の側仕えに一度もなったことがないくせに、リザに厳しくあたってくる。 「まったく、皿ひとつ洗えないなんて…… なんでこんな子をわざわざまた、拾ったのかしら」  ブツブツ言いながら、彼女はアゴで厨房の隅を示した。 「きなさい。国王陛下の結婚式前の()()()()のクジ引きだよ」 「クジ引き?」 「一晩中起きて、お夜食や飲み物をご用意してさしあげる役よ。キツいけど、当たったら翌日は丸一日休みだからね。もし行きたければ、結婚式のパレードも見に行けるよ」 「だったら、わたしがやります!」  リザ自身が信じられないほど大きな声が出た。  厨房のみなが顔をあげて注目するなか、リザはさらに大きな声を出した。 「やらせてください! わたしは城でも配膳を担当していましたし、簡単なものでしたら、作れますから!」 「ま、まあ…… いいと思うけど。ねえ?」  リザの勢いにたじろぎつつも、先輩メイドがみなの顔を見回す。  ほっとしたような表情がいくつも並んでいた。  一晩中起きてお偉いさんの世話なんてとんでもない ―― もともとがみな、そんな気分だったのだ。  翌日に休みがもらえるとはいえ、その夜の責任はとんでもなく重大。そのうえ、なにか()()()でもあれば確実に格下げ ――  厨房より下となるとあとは、洗濯係かドブ掃除か…… とにかく、イヤである。 「お願いしますう! わたし、頑張りますから!」  必死に頼みこむリザを、みなは半ばしらけて眺めた。 (この子ったら。国王夫妻の目に止まれば、出世できるとでも思ってるんだね…… 下働きでそんなこと、あるはずないのに)  誰もがそう思っただけだった。   「やらせてやったらいいんじゃない?」  ひとりが言い出すと、あとは簡単だった。  わざわざ反対する者など、誰ひとりとして、いなかったのだ。  
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